聖女のお仕事にマニュアルはありますか・2
戻ってきた伯爵邸の車寄せで私だけを降ろし、ライリーさんはそのまま馬車で出掛けて行った。
見送って玄関ホールに入ると、出迎えたのはケント伯だった。
「ただいま戻りました。格別なお計らいをいただき、ありがとうございました」
「――格別?」
「ライリーさんも馬車も」
そんなことかとでもいうように、ケント伯が軽く顎をひく。
感謝も述べたし、では私はこれで。
「助けを求めた母子に、不親切だったそうだな」
前を通り過ぎようとした私に、冷ややかな声が掛かった。仕方なく足を止める。
さて何と返すのが正解なのか。
「聖女らしくない対応だと、おっしゃりたいのですか」
そうだとも、そうでないとも言われない。
「馬車は私の物ではありません。年長のライリーさんが一緒でしたから、私が決めることではないと思いました」
母子が駆け寄った時、ライリーさんはさり気なく数歩私から離れた。それに違和感を持った。
衛兵であるライリーさんなら、客人を護る動きをするのが当たり前。
離れたのは私の様子をより見やすくするため、つまりこの母子は「仕込み」だと理解した。
意図はつかめないが、今後の為に人となりを把握したいとでも思ったのかもしれない。
「どうされますか」
ライリーさんが返事を促したことで、はっと我に返った。
いい大人ならともかく、今の私は十七歳。
「ライリーさんにお任せします」
選択を丸ごと委ねたのだった。
少し驚いたのは、ケント伯の耳の早さより、彼が「知っている」と匂わせたことのほう。
行動は筒抜けだから妙な真似はするな、という牽制ならお門違いだ。こっちは仕事を終えたら速やかに去るつもりでいる。
「思いやりを持った対応をお望みなら『聖女の取るべき模範的な態度』を文書で示してください。併せて『よくある質問とその答え』も文書で頂けると、よりスムーズかと思います。他に気になる点がございましたら、ご指摘ください」
ではこれで。今度こそ失礼しようとすると。
「ずいぶんと生意気な口をきく」
思わずケント伯の顔を見た。
「コール嬢とは別の場所から来たようだ」
あちらは昭和初期生まれで私は平成。別の国と言っていいくらいだ。その変化の速度は、おそらくこの国とは比べ物にならない。
私が何か言い返すと思うのか、ひたりと視線を据える伯爵。
が、嫌味にいちいち反論していては、きりがない。「これは要望ではなく独り言」と聞き流すことにして、私はホールを後にした。




