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この夜を忘れたなんて信じたくない

 呼んでも押してもケント伯から応答はなく、離してもくれないので、夕食も食べずに私も寝てしまった。ふて寝に近い。


 明け方にモゾモゾとすると、隣に寝ていた伯が薄目を開けた。どこか遠くを見るような、そんな眼だ。


「どこへも行きません。ご気分は悪くないですか。お熱は?」

「ない」


 また一言で済ませましたね。会話を諦めて、ケント伯の形のよい額に手のひらをあてると、少し汗ばんだ肌は平熱だ――私の主観による。


 良かったと思う私の耳に、雨音が聞こえた。せっかく熱が下がったところに濡れては体に悪い。


「雨ですね」

「今日は休息にあてると、昨日のうちに皆に伝達済みだ」


 遠征に出て以来初の休日、と言っても森の中で娯楽もない。濡れずに済むだけのことか。


「まだ早い、もう少し寝ないか」


 寝るのは病人にとってよいこと。いつものように距離を取り、もう一眠りすることにした。




 次に目が覚めた時には、日が昇っていた。ケント伯は水浴びをしたらしく、すっきりとした顔つきでテーブルに広げた地図を眺めていた。


挨拶がわりに「お熱は?」と、私から聞く。


「ない」


 また一言で済まされた。私に対する扱いが雑になっているような気がするのは、やはり夜毎ご迷惑をおかけするせいなのか。


「解熱剤が効きましたね」


 ご本人は大丈夫だと言ったものの、飲み慣れない薬だから、少し心配していた。

「順序が違う先に聞け」とご指摘を受けたのも、覚えておりますとも。


「解熱剤?」


 ゆっくりと聞き返すケント伯の様子に、嫌な予感がする。――まさか。


「ケント伯、アセトアミノフェンです」

怪訝な顔をされた。


「ロキソプロフェンも大丈夫なんですよね?」

意味が分からないというように、私を注視する。


「――イブプロフェンは?」

ダメ押しでイブも追加したのに、ケント伯は黙したまま。



 私は急いで寝台をおり、薬剤シートを引っ掴んで伯の眼前に突きつけた。二錠分空になっているから、夢じゃない。


「ほら、これ」


ケント伯の表情は変わらず、手も出さない。


「珍しい品だ。お国のものか」


体中を走る衝撃って、まさにこれ。


「いや――――!!」

部屋に私の声が響いた。


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