隊長は口移しをご所望です・3
伯の口を塞いでいた――ではなく、布を押さえていた手を掴んでひっくり返された。どうやったのか、私がコロリと天井を向き、ケント伯は肘をついて半身になり私を睨んでいた。
目にも止まらぬ早業に感心しつつ、誤解を受けている気がして、先に申し開きをさせてもらおうと思う。
「熱があるので、解熱剤を飲ませました。溶けないと思ってお水を」
掴まれた右手を見れば、どこへやったのかコップがない。どこだろうとキョロキョロして見つけたコップはケント伯の手にあった。
こぼれた様子もない。舌で錠剤を探り当てたらしいケント伯が「はぁ」とこれみよがしのため息をつく。
「残りのお水も飲まれたほうが。空腹ですと胃が荒れます」
ぜひぜひと勧めると、迷惑そうにしながらも飲み干した。コップをサイドテーブルに置く時に音がしたところからして、ご機嫌はよろしくない。
「寝ている者に水を飲ませて、気管に入ったらどうする。しかも、コップ。ここはせめて口移しだろう」
目を見張る私に「腹を出すのは気にしなくても、口移しには恥じらうのか」と嫌味を言う。
「衛生的にどうかと思いまして。あ、いえ、私ではなくケント伯のほうがお嫌だろうと」
人工呼吸だって直接唇に触れることは避け、何かしら挟みましょうと言われるのに。それはいいとして。
「薬剤アレルギーはありませんよね?」
「――今さらだな。それは飲ませる前に聞くべきだ。何を飲ませた?」
私にすっかり呆れたらしく、怒気が失せている。
「アセトアミノフェンです」
「アセトアミノフェンもロキソプロフェンも、アレルギーはない」
「それなら、良かった」
安堵する私に、ケント伯が聞く。
「用量は?」
「体重に対して少ないかもしれません。追加しますか?」
私は一錠でも、伯なら二錠だろう。
「くれ」
のそのそと身を起こし薬剤シートを渡せば、ケント伯は一錠押し出し、ためらいなく口に入れた。
コップを目で示されて、急いで水を注ぐ。飲み終わるとドサッと音を立てて、また寝台に仰向けになる。
「ミナミ嬢こそ飲むべきでは?」
「私は微熱なので、イザという時にとっておきます」
――と言うか、この会話はおかしくないですか。
「ケント伯!! アセトアミノフェンを知って!? ロキソプロフェンて、どうして!?」
「遅い」
唸るような一声で済まされては困る。目、閉じないでください!
「ここには、ありませんよね! 私が知らないだけで、あったんですか?」
「――鈍い」
詰め寄る私の肩に、目も開けずに腕をかけ抱き込む。ケント伯の胸で顔がつぶされ話しにくくて仕方ない。
「待って、起きてください! お話ししましょう。お話」
私が何度呼んでも返事はなく、返るのは寝息だった。




