不本意ながらの甘ったれ深夜徘徊聖女・2
「夜中に徘徊……言葉だけ聞くと痴呆症のようだ。でなければ睡眠時遊行症」
そんな難しい言葉をよくご存知ですねケント伯――ではなく。
「今日も熱っぽいな」
でもなく。
「私は真面目に聞いています」
伯は「ふん」とも「ふむ」とも取れる音を出し、私の頭に手を置いた。これはアレだ、大人が子供を言いくるめる時のやり口だ。
「夜中にお話しした覚えがあります。今朝も起きたら、こんなに近い」
ほぼ抱き合って寝ているようなものじゃないの、とは言なくても見ればわかる。
「どう考えてもおかしいでしょう」
うまい理由を思いつかなかったか、考えるのも面倒になったか。
「そうだ」
ケント伯は短く肯定した。
やはり。もっと早く気がつくべきだった。ずっとご迷惑をおかけしていたのだ。
「すみません」
「全く構わないが。問題は『未婚の女性に触れることのないように』という指図を破っていることか」
「誰からの?」
「ブレンダン殿下」
私の知らないところで、そんな話が出ていたなんて。返しようのない私にケント伯が続ける。
「ライリーにも伝えてある。ライリーはともかく、俺の叙勲は無くなるかもな」
何でもないことのようにおっしゃるが、それは一大事だ。
「私が黙っていれば、殿下にはわからないことです」
「どうだろうか」
呟いたケント伯が私の絡まった髪を梳く。目が閉じそうになるのを全力で阻止しながら、ブレンダン殿下が後半から同行されることを思い出す。それなら。
「試しに今夜は私を後ろ手で拘束してみませんか」
エミリーさんがバージニアにしたみたいに。一気に目が覚めたと言わんばかりに、ケント伯が瞠目する。
「前だと自分でほどいてしまうかもしれないし、起き上がれるでしょう」
重ねる。あ、口がきけては文句を垂れるかもしれない。口枷がわりにハンカチでもかませるといいと考えると、なぜかお見通しらしいケント伯が心から嫌そうな顔をする。
「ミナミ嬢は、私を何だと思っている」
「ケント伯は……ケント伯」
他になにがあるというのか。
「もういい。そんな事をするくらいなら、起こされた方が万倍マシだ」
そんなことを言って、私に内緒でリードをつけたくせに。
なんて考えが顔に出てはいけない。何しろ迷惑をかける側なんだから。私は鼻にシワを寄せる笑みをもってして返事とした。




