不本意ながらの甘ったれ深夜徘徊聖女・1
立ち去ろうとする私の肩に手を置き、背後からそっと止める人がいる。
私の耳に聞こえる「帰りたい」は確かに自分の声なのに、私が言いたい言葉じゃない。それが私を混乱させた。
「分かっている、もうしばらくだけ力を貸してくれないか」
ごく抑えた声量のケント伯に、訴える私も小声。
「もうここは嫌、誰も私に優しくない。ずっと寂しい、帰りたい」
甘ったれた「私なのに私としては私ではない」私に、驚くのはこれまた私。
「全て済んだら帰ろう。寂しいのなら俺も同行しよう」
「ほんとう?」
「本当だ」
「約束できる?」
「する」
私の口が勝手に紡ぐ言葉に、ケント伯は慣れた様子で対応する。おかしなことだ。
ゆっくりと振り返ると、ケント伯はまるで憐れみを寄せるかのような表情をしていた。
「さあ、もう一度眠ろう。寝ないと明日がきつい」
私を寝床へと誘導する手つきは、壊れ物を扱う時そのもの。素直に従う私を丁寧に横たえ、伯も向い合わせに寝て腰に手を置く。
この親密な姿勢で寝ろというのか。思う間に私は眠りに落ちた。
掛布による簀巻き状態で目覚めたのはつい先日、その前日は右に寝たはずが起きたら左だった。
いつだったかは夜中に目覚めたら、腰に覚えのない紐が巻かれていて辿ると先はケント伯の手首に繋がっていた。
朝起きたら何もなかったので夢だと思い確かめもしなかった。
つらつら考えるに、私が夜中に起き出しケント伯が止めるという行為は、昨夜だけでなく何度もあったのではないか。ともすれば毎晩のことで、よりよい止め方を編みだそうと伯は日々苦労……ではなく工夫なさっている。
たいして時間をかけずに、私はその結論に至った。
テントで寝るのはバージニアとライリーさんと四人でもよかったのに、ケント伯は二人一組で使用すると言った。ライリーさんが一瞬意外そうにしたのを思い出す。
あの時は気にも止めなかったが、私が夜中にゴソゴソして同室者の安眠の妨げになる懸念からと考えれば、納得がいく。
珍しくケント伯より先に目覚めた私は、うっすらと目を開いたばかりの彼を襲うことにした。
「教えてください。私には夜中に徘徊する癖がありますか」
今まで人に指摘されたことはなかった。
ケント伯が不思議そうにし、私の額に手を当てたのは「頭がおかしくなったか」ではなく「朝の検温(手による主観的なもの・あくまで参考値)」だと思いたい。
もはや日課となっており、これくらいでトキメイたりしない。
私はいつの間にか強心臓になっていた――ただしケント伯に限る。




