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残された傷・1

 呼ぶ声がした。

はっとすると、見慣れたバージニアの顔がそこにあった。その後ろには、どことなく心配した様子のケント伯。


 視線をずらせば天井が目に入り、砂礫から顔を守っていたはずの両腕は、ぐっと力の入った状態で体側にあった。


「大丈夫? 」

「……はい」


 そう聞かれるということは、私はうなされでもしていたのか。昨夜は四人同じ部屋で寝て。ブレンダン殿下と抜け出して戻ってから目が冴えてしまって「眠れない、眠れない」と思っていたのに、いつの間にか寝ていたらしい。



「私、何か言いましたか」

「自分でしなさい、って」


 バージニアの言い方は穏やかであるけれど、私は怒鳴ったんじゃないかと思う。それで驚いて、ふたりで私を起こしてくれたか。


 実際に声にしたのが最後の一言だけなのは、幸いだった。



 自分でしなさい。できの悪い子を叱る母親が言いそうなこと。笑いが漏れた。次いで大きく息を吐く。


 私は竜巻のあった日を、思い出したらしい。夢なので完全とは言えないし、なにぶん昔のことなので記憶違いはあるかもしれない。それを差し引いても大筋は合っているだろう。



「起きる?」

バージニアの手を借りて身を起こせば、日の差し加減は昼に近い。


「お昼前に起こそうかと、話していたところでしたの。少し熱っぽいようだから眠ったほうが良いかと思って」


 バージニアの視線はスカーフを巻いた私の首にとまる。炎症を起こしているのだろうか、確かに微熱を感じる。



「寝てスッキリしました。おふたりは?」

「今後について意見を交わしていた。殿下は宮殿へとお戻りになった」


 ケント伯は端的に教えてくれた。ブレンダン殿下と顔を合わせるのは少々気まずいので、正直ホッとする。


 エミリーさんがいなくなるのに連動して毒沼も消え失せたら最高だけれど、そううまくいくものだろうか。まだ回らない頭で考えていると。


「とりあえず、何か胃にいれましょうよ。お話はそれから」


バージニアの提案に、私は一も二もなく賛成した。








 直轄領からの定期報告によれば、心なしか色が薄くなったように感じる毒沼であるが、数は変わらないそうだ。


 毒による精神障害を抱えた方々の状態は酷くなってはいないが良くなってはいない。よって遠征は必要であると結論づけられた。


 ブレンダン殿下と再会したのは、遠征前日に開かれた壮行会。

 エミリーさんの件以来一週間ぶりのことで、開始前に私とバージニアを見つけ、殿下のほうからいらした。


「まだ、治らない?」


開口一番触れたのは、私の首の傷についてだった。


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