聖女のお仕事にマニュアルはありますか・1
「ふたりはいいわね、行動力が倍になりますもの」
バージニアの言う通り、ひとりが聖教会関係者と話す間に、もうひとりがこの国について知識を得る事ができる。
情報機器がないなら、知識は実際に見るか人に聞くか、本や文献にあたるしかない。
聖女の仕事はプロであるバージニア、この国の諸般については私ミナミと担当分けをした。
移動は車ではなく、アリスだった時のように馬車だ。
「馬車を自家で所有するのは、お金がものすごくかかりますね」
今乗っている一頭立て二輪馬車は、馬車のうちではお求めやすい価格だろうが、自動車と違い生きものである馬のお世話に馬丁と、お抱え運転手の役割をはたす御者がいる。
維持管理費は自動車の比ではない。
「ある程度の収入がないと難しいですね。貸馬車と辻馬車がありますから、私を含め自家で持たない人々はそちらを利用します」
答えてくれるのは、隣に座るケント伯の部下ライリーさん。感じのよい方で、目に入るもの全てに質問する私を面倒がったりせず、付き合ってくれる。
ライリーさんを私につけたのは、彼が忍耐強いからではないかと思われた。
「すみません、質問攻めにして」
「いえ、当然のことです。塞ぎ込まれることを覚悟していましたから、興味を持って外に出たいと言ってくださるのは、嬉しい限りです」
今向かっているのは、聖教会の図書館。
道すがら分かったのは「ここはアリスとして暮らしていた街にそっくりだ」ということ。
生活圏内にあった食料品店も雑貨屋も同じ場所にある。店主の顔までは見られなかったので、まだ同じ街と断定はできない。
食べ物や衣料品について話すうちに、目的地へ到着した。
先におりたライリーさんが、手を貸してくださるのは慣れなくて気恥ずかしく感じる。
そう言えば「歓迎会」が開かれると小耳に挟んだけれど、ダンスがあるなら全て忘れている、と心配のタネを増やしているところに。
焦った様子の若い女性が幼児を抱えて小走りに寄ってきた。
「ああ! お美しいお嬢様! あなた様にお願いがございます。この子がひどい熱を出しまして、お医者さまに診ていただきたいのですが、とても遠く。どうか馬車をお借りできませんか。お礼は必ずいたします! どうかどうかお慈悲を……」
必死の様相で懇願する。いきなりの展開に「まずは落ち着いてください。保険証かマイナカード、医療証はお持ちですか」と聞きそうになった私は、間違いなく困惑していた。




