こうして私は異世界へ・4
「私が特別な存在だってこと、本当はちょっぴり疑う気持ちもあった。でも、これでわかったわ。私は選ばれた人で、このあと何もかもが上手くゆくのよ」
可愛らしく打ち明けるエミリーさんのキラキラとした瞳は、私には異様な輝きに思えた。
頭のどこかで「あまり長く話さない方がいい」と考える。
「そう。とにかく私は避難を勧めました。無理強いはしない、私ひとりで戻ります」
言葉による刺激を避ける。払われた右手が痛い。痛む手首を押さえて後じさると、エミリーさんが不満そうに鼻を鳴らした。
「戻る? だめよ。私がアリス・ウォルターになるんだから」
「話が違いませんか? 竜巻をしずめてこの国を救うって言ってなかったですか、今さっき」
いけない、刺激することを避けようと私が思ったのは――それこそ今さっき。正しい指摘は、時に嫌われる元となる。
「変えたの。トラバスのままじゃ、いつまで経ってもお偉い侯爵様の言いなりよ。アリス・ウォルターになってこの国を救うわ」
ちょっとその上着を貸して、というくらいの軽さで言われると、可能な気がするのが空恐ろしい。
細かく震える唇を引き結ぶのが、私にできる精一杯の虚勢。
エミリーさんが唇を歪めて笑う。
「行儀だの、勉強だの、上下だの。くだらない事で見下してバカにする。してる方だって、どんだけご立派なんですかっていうのよ。笑っちゃうくらい馬鹿馬鹿しいけど、豊かな生活にはそういうのが欠かせないんでしょ? ならアリスさんに取ってかわるほうが早いわ」
理解がついていかないながらも、発言の前半には共感するところがあり、後半では「教育の重要性に気がついてくれたんだ」と妙に感心したりした。
そうこうするうちにも竜巻は近づく。こちらへと一直線に進むさまは、意思を持った生き物であるかのように錯覚する。
「竜巻をしずめて救国の乙女になる」と自信たっぷりなエミリーさんを前にすると、言っている事はあながち嘘でもないと感じた。
「アリス・ウォルター。私、結構アリスさんが好きだったわ。取って代わりたいと思うくらいにね」
エミリーさんは平気な顔をしているけれど、風が強くて目を開けていられない。肌に砂礫がピシピシと当たり、腕で顔を庇いながら風に負けないよう踏ん張る私に、罵声が浴びせられた。
「愛されて当たり前だと思うんじゃないわよ」
その後に続く言葉は風に吹き飛ばされて、聞き取れない。が、どうせ言われているのは悪口に決まっている。
「大人に気に入られる努力なら人一倍しました! 認められなきゃ、私に価値はないんだから。横取りされるくらいなら、いっそ死んでやるわ! 楽してないで努力は自分でしなさいよっっ」
轟き渡る私の声に空気が震えた。




