こうして私は異世界へ・2
ブレンダン殿下が。思いがけない言葉に生徒会長を見つめれば、笑みは柔らかだった。
「ウォルター嬢と殿下は心を通わせているんですね。殿下からの伝言です『君に時間ができたら会おう、アリス。僕は君を待つ』」
エミリーさんに背中を向けているので、思う存分驚くことができる。
アリス?! アリスですって!! 今の今までウォルター嬢だったのに。それともこれは生徒会長の意訳なのか。
「伝言を深読みしたり、解釈を加えるような真似はしません」
私の考えを読み取った生徒会長は、話す間も資料の一部を示してみせる。さも説明しているかのように偽装するところ、芸が細かい。
「孤高の存在でいらっしゃる殿下と違い、ウォルター嬢は孤立というべきかもしれない。孤軍奮闘ぶりを見過ごしたくないとの殿下のお気持ちは、私にも少し分かります。生徒会長も煙たがれる立場ですから」
単純な私はこれだけで目頭が熱くなる。
「殿下に、アリスって呼ばれたことはないんです」
音をさせないように鼻をすする。
「そうでしたか。お会いする日が楽しみですね」
「はい」
欲しい時に力になる言葉をもらったから大丈夫、頑張れると思った。
教えることのプロでもなく、貴族としても不出来な私が教えるから、エミリーさんは成長しない。
大人はそんなことは先刻承知で私を叩き台にしているのだから、それくらいのつもりでいればよかったのに。
力を入れ過ぎて、私の意欲が空回りする。周囲の人にはその様子が滑稽にうつる。
熱くなった頭が冷えれば、少しは客観視できた。
「アリスさん、最近私に絡まなくなりましたよね」
エミリーさんの若干失礼に感じる物言いにも心が波立ったりしない。殿下のお力は偉大だ。
「拝命した教育係も、あと一週間ですから」
「え! 私まだ全然自信ないですけど」
開いた口を手で押さえる仕草は、可愛いと男子に好評。
「力不足を痛感しております」
「そんなこと……、アリスさんは頑張ってました。私は知っています!」
そういうのは、いいので。習熟度ではなく期間で終了を決めたの正解だったと、あらためて思う。
教育係を返上して最初に殿下が登校なさった日に、保管室へ行こう。そして報告をする。
殿下は「よく務めた」と認めてくださるだろうか。「アリス」と殿下のお声で私の名が聞けたら、信じられないくらい幸せになるに決まってる。
早く一週間が過ぎればいいのに。私はエミリーさんに愛想笑いを向けた。




