こうして私は異世界へ・1
ミナミがアリスだった頃のお話です
アリスだった頃は同い年の人に教える事の難しさに思いが至らなかった。
今の私のように中身が社会人の十七歳であるなら、もう少し相手のプライドに配慮できた。今なら立てた計画通りに新人教育が進むなんてことは夢物語だと知っているので、困ったなと思うことはあっても苛立ちはない。
当時、思うようにいかない理由は、私の伝え方とエミリーさんの理解力不足だと考えた。だからといって良い方法が思いつくわけでもなく、鬱々とした日が過ぎる。
そして「殿下――」と気安く手を振るエミリーさんに、開いた口がふさがらない。
エミリーさんはもちろん教育係である私も叱られると覚悟したのに、殿下はお気になさらず咎める様子もなかった。
びっくりするほどの無作法も、堂々としていれば個性で通るものなのか。後見する侯爵家に対しての配慮なのか。
私のこれまでの努力はなんだったんだろうと思うほど、ショックは大きかった。
家では聞き分けの良い娘、学校ではお堅い優等生で通る自分に息苦しさを感じたのは、初めてのことだった。
珍獣係は鞭ばかり振るっているように見えるらしく、エミリーさんがクラスに馴染むにつれて、彼女に対して私のあたりがキツイのではないかという陰口も聞こえてくる。
自分で考えようとせず、すぐに正解を聞きたがる彼女に「甘えてばかりいないで自分で考えないと身につきません」と私が言ったことが、「甘えないで」と突き放したと噂になった。
なぜかそれがうけたらしく、聞こえよがしに「甘えないで」と使い、ニヤニヤとして私の反応を見る同級生まででる始末。
こういうのは、嫌がれば余計に楽しませる。聞き流すよりない。
私に親切にしてくださった殿下に勝手な期待を抱いてしまったけれど、殿下はエミリーさんにも優しい。誰にも等しくご親切でいらっしゃるのだ、それだけ。
承知のことなのに、もやもやとして。放課後、細心の注意を払ってまで保管室へ行こうとはしなくなった。
ある日、生徒会長が「委員会までに目を通しておいて」と、資料を届けに来てくださった。
友達と話していたエミリーさんが、チラチラと気にする素振りを見せるので「それは失礼です」と視線で制して、遮る位置に立ち資料を受け取る。
生徒会長は説明するように数枚めくると、さり気なく「殿下が、君に労いの言葉をかける機会を探している」と、口にした。




