初めてはアリスの寝台で・1
夜中にこっそりとふたりで部屋を出るなんて、それが屋敷内だとしても、なんだか後ろめたい。
「どこへ行かれるのですか」
「僕はこの屋敷に詳しくない。アリスの部屋は?」
「何もないけど、ありますよ」
アリスを思わせるものは何もないけれど、部屋はある。ご案内しようと動くとブレンダン殿下が手を差し出した。
握手? と見ると「暗いから繋いで行こう」と、よいお顔をなさる。断りきれずに握る時、ついスカートで先に手を拭ってしまったのは、たぶん見られていたと思う。
月が皓々と照らす夜ではなくても、カーテンに隙間を作れば、お互いの顔が見えるくらいにはなった。
部屋には長椅子がないので、寝台にふたり並んで腰掛ける。
「痛みは?」
「ありません」
傷について聞かれるのは何度目か。ジクジクと熱を帯びた感じが不快でも、そうは言えない。私は笑みを作った。
「アリス」
「はい」
「――アリスの部屋に、もっと早くに招待されたかった。君の気に入る手土産を持って訪ね、保管室のように楽しいひと時を過ごして」
それはアリスだったとしても、実現し難いシーンだったと思う。子爵家に殿下がいらっしゃるなんて、あり得ない。
それでも、あまりに残念そうにおっしゃるから、私も惜しがってみせる。
「アリス」
「はい」
ひょっとして、アリスと呼びたいだけなのかと疑う気持ちになる頃。
「君を守ることができて、良かった」
睫毛を伏せ告白するように言われた。
「殿下のおかげで、助かりました。それで……人を殺めさせてしまって」
喉に言葉が引っかかって後が継げない私の脳裏をよぎるのは、矢の刺さったエミリーさんの表情や胸から漂った紫の煙。
「人ではない、人なら消えたりしない」
冷ややかな物言いに、次の矢を構えていた凍りつく眼差しを思い出す。
そうは言っても、殿下が弓を引いた時、エミリーさんは確かに人だった。何年もの間、定期的に会っていた相手をためらうことなく射る……普段の殿下からは想像もつかない。
自分こそ「過剰防衛それがどうした、バージニアと私が助かるにはやるしかない」と殺意を高めたのに。
私が首をすくめたのは背筋を這い上がった悪寒のせいだった。
「嫌な事を思い出させてしまったね」
殿下の腕が私の肩にゆっくり回され後ろへと倒れると、殿下につられて私の背中も寝台につく。
殿下に腕枕をさせている状態だと気が付くまでは、そこから数十秒を要した。




