世界を救うのは私・2
ケント伯はその発言を深くはとらなかったようだった。
「殿下は思慮深い方だ。常人には気付かない不穏な気配を感じ取っておられたのだろう」
「とても良い友人でいらっしゃいますね。だからといって、恋は譲らなくても」
軽く口にしてみたが、王族と女性を取り合っても勝ち目はないのが事実。
「コール嬢、祈りの司祭と他にも話したことがあれば、教えてくれないか」
「何か気がかりでも、ございますか」
ミナミはしばらく戻らないだろうと考え、バージニアは起き出して手近な椅子に腰掛けた。
「気掛かりと言うよりは、理解の範疇を超える」
それをあなたが言うか。とは、もちろん言わない。
「私とミナミも枠外ですわ。印象的だったのは、祈りの司祭の『世界を救うのは私ひとりでいい』と言う発言です。教会に進言し招いた聖女はひとりのつもりが、まさかの二人。予想外の事態に苛立った様子でした。『聞いてない』を繰り返していましたから」
創造主と交わした会話は、かなりの部分を忘れてしまう。けれど、自分がのんだ条件はふと思い出されたりするものだ。
例えば私なら攻撃型の聖女としての仕事は受けないはずだ。ジャンヌ・ダルクのような。
「あの方も本来ならば人の為になる方だったのです。おそらく、子供の頃にそれを自覚なさったのではないでしょうか」
そして力を好きに使った結果が、今だ。
「司祭の言葉を、偽りとも思わずにそのまま受け止めていた愚かさが悔やまれる。守るべき聖女を危機的状況においてしまった」
顔が見えないと、本音を吐露しやすいものだ。ケント伯の弱音は珍しい。
「教会の衛兵隊長が司祭を疑っては職務に差し障りがでますわ。それに、少しの疑念はお持ちだったから、私達に教えてくださったのございましょう。これでも多少の警戒してはおりましたのよ。……まあ、結果はあのようでしたけれど」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
「私の国には、危ない橋も一度は渡れという言葉がありますから」
「それで命を失っては元も子もない。ライリーも、コール嬢に言いたい事は山程あるだろう」
即座に返されてバージニアは笑った。
「祈りの司祭がいない今、毒沼も消失しているとは考えられないだろうか」
しばし考えてバージニアは婉曲に否定した。
「そうだと良いのですが」
「やはり、遠征は必要か」
「エミリーさんは、直轄領出身だそうです。馴染みある土地から力を得たせいで、土地が汚染されたと私は考えます」
エミリー・トラバスが直轄領にある町の出身だと知っていたのは、ブレンダン殿下。直轄領で問題を起こしそれを収める事を条件により良い地位を求めているのだと、疑っていらしたそうだ。
馬車のなかで聞いて目を見張るミナミは、本当に純真だと微笑ましくなる。
「私はミナミには、殿下よりケント伯がお似合いだと思います」
待っても返事はない。そろそろ切り上げ時かと、バージニアは寝具に戻ることにした。




