世界を救うのは私・1
寝姿を直視しないよう男女の間に衝立てを立てる。眠気はないものの「今日はお疲れでしょうから」という事で、早めに身を横たえた。
どれくらいたってか、密やかに「起きている?」と尋ねる声がバージニアの耳に入った。
「はい」と返るのはさらに小さな声、ミナミだ。
「少し話したい、出よう」
「でも」
「外には出ない。屋敷内なら警護もいらない。君なら、灯りがなくても歩けるよね?」
「それは、そうですが……」
熱心な誘いに、ミナミの反応は鈍い。
「お願いではなく命じた方がききやすいなら、そうするよ?」
ささやかなため息と共に、空気が動いた。バージニアが目を開けると、細く扉を開け先にミナミを通すブレンダン殿下の姿があった。
ブレンダン殿下は、誰も眠っていないと承知の上で会話を聞かせて出ていった。なかなかどうして、と言うべきか、さすがと言うべきか。
「いいのですか」
バージニアの問いかけは、受け手のないまま消えるのかと思われるほどの後。
「なにが」
ケント伯が短く応じた。
ほら、起きてらした。
「ミナミを行かせて」
頭から袋を被っていたから、テラスでは声だけを聞いていた。視覚を遮断されると他が敏感になるものだ。
ケント伯の焦燥、感情をいつになく読み取った。ケント伯がミナミへの好意を自覚していると、バージニアは今日知った。
「止めようがない」
「殿下が『泊めて欲しい』とおっしゃった時、とても驚いておられましたね。殿下がこちらへお越しになるのは、初めてですか」
「覚えている限り、初めてだ」
「道理で」
ケント伯が身を起こす気配がした。
「今、思い返していたが、エミリー・トラバス嬢が『祈りの司祭』ともてはやされるようになった頃から、殿下は人に対し距離を置かれるようになったと思う」
「ご学友に対しても?」
「例外なく、誰に対しても」
それはアリスのウォルター家が突如として消えてしまい、そこにすっぽり収まるようにケント家が出現したから。
しかも殿下の他に誰一人それをおかしいと感じなかったのだ。得体のしれない不気味さと孤独感は相当なものだと思う。
そして、いきなり出来た学友ケント伯の持つ子供時分の交流の記憶は、殿下には無いものだ。
その全てが「ケントは残ったのか」という一言に凝縮されていた。




