巻き込まれ異世界転移の私とプロ聖女・1
そよそよと風が吹く。土の匂いが違うけれど、知らないわけじゃない。どちらかと言えば、懐かしい。
「貴女、落ち着いておいでね。転移は何度目でいらっしゃるの?」
鈴を転がすような、とはこの声だと思わせる美声の持ち主は藤堂櫻様。先ほど自己紹介しあったばかりだ。
桜色のフワフワの髪に紫の瞳は、日本人らしいお名前にそぐわない。
「転移なるものは初めてですが、ラノベと呼ばれる小説でよく目にしておりましたので」
答える私は水野ほのか。藤堂様と違い黒髪黒目ひっつめ髪でここに来た。自分で見える範囲はわかるが、歳はいくつなのだろう。ほら、異世界へ行くと若返ったりするものだから。
藤堂様が、じっくりと頭のてっぺんからつま先まで観察なさってから口を開く。
「そうですねえ、高校生……二十歳にはなってないかしら」
実年齢は二十七歳だから、十若返っている。別に嬉しくはない。
私達は一時間半前にここへ着いた。
私は晦日市南病院の事務スタッフで、入院窓口を担当している。今もその制服のままだ。
藤堂様は心不全の疑いで救急搬送されたところだったという。私が藤堂様を様付けするには訳があった。
私の住む晦日市南町は、かつては町全体が大地主藤堂様の所有する土地だった。そんなことは地元では、幼稚園児でも知っている。そして藤堂様は私も通っていた町唯一の仏教系幼稚園で、長く理事長を務めておられた。
ちなみに現在の見た目は高校生くらいの美少女であるが、実年齢は九十歳でいらっしゃる。
藤堂様は私を知らなくても、花祭、運動会やクリスマス会で必ずご挨拶をなさる藤堂様のお名前を私は覚えていた。そのうえ、本来なら今日から入院患者さんになるはずだった。敬語にもなるというものだ。
どなたかの庭らしき明らかに人の手の入った場所で、折れて倒れていた石柱には藤堂様にお掛け頂き、私が立っているのは、このような理由からだった。
「再確認いたしましょうね。わたくしの名はバージニア・コール。貴女はミナミ・ミソカイチで、よろしいのね」
いきなり異世界らしき名前で呼ばれても自分の事だと思わない。外で会った患者さんには「あ、ミソカイチさん」と声を掛けられるのだから、本名以外ではそれが一番慣れている。
電話なんて自分のものでもたまに「はい、ミソカイチ南でございます」とうっかり出てしまうくらいだ。
「本名は、まじないに使われたりする事があるもの。伏せたほうがよろしいわ」と教えられては、名乗る気にはならない。
「では、ここからはバージニア様とお呼び致します」
返す私にピンクの柔らかそうな髪が揺れた。
「いえ。私と貴女に上下がつくのはどうかしら。ここはお互いが親しいのだとみせたほうが、よろしいわ。ですからわたくしの事は『バージニア』とそのままお呼びになって。貴女のことはミナミとお呼びするわ」
どこまでも慣れていらっしゃる。これは年の功というものだろうか。
そう感想を述べると、楽しそうにヴァージニア様が笑う。
「それは、貴女そうよ。だってわたくし渡りの聖女ですもの」
お読みくださりありがとうございます。
長編のお好きな読者様。世界は違いますが、完結しております「花売り娘は底辺から頂点を目指します」と「地味顔の短期雇用専門メイド」は、いかがでしょうか。サクサク読めます。
併せてよろしくお願いいたします。