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寝ても、覚めても  作者: 駄犬
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睡眠薬

「まぁな」


 会話がそこで途切れると、テレビのスピーカーから聞こえてくる雑音もそのうち、冷め切った居間の雰囲気の慰めにもならなくなった。同じ空間で呼吸しているだけで、沈鬱な気持ちになり始め、俺と友人はそれぞれの部屋へ散った。施術を受けたばかりの身体は、ベッドに寝転がっても、なかなか眠気を誘引するのは苦労する。そこで出番になるのが、夢クリニックで処方される睡眠薬であった。肌色の錠剤が粉々になってカプセルの中に収まる睡眠薬は、一錠飲んだだけで、正味十分も掛からないうちに眠気を催し、知らぬ間に朝を迎える。自動車の運転などをする患者には処方を制限しているようだが、半ば口約束の軽い確認作業が行われるだけで、俺は素知らぬ顔で原付バイクを乗り回していた。


 水を注いだコップと睡眠薬を片手ずつに持ち、一つ呼吸をする。俺は昔から、錠剤や粉末状の薬を飲むのを苦手だ。流行り病に咳を促されても、噛み潰すほどの堅固な我慢を自らに課して、赤ら顔は隠せずとも必死に両親からの心配を誤魔化そうとする姿は、幼少期ながら面映い。それが今も尚、下敷きになって大の大人が睡眠薬を飲む際の大袈裟な意気込みに繋がっていた。


「ふぅ……」


 飲みやすい形として選ばれたカプセル状の睡眠薬に対して、蛇の丸呑みを想起させる口の開き方をする。些か大仰すぎるとお思いだろう。しかしこれが、薬を飲む為の至って真面目な姿である。コップに溜めた水を口の中に移し、睡眠薬をひょいと投げ込む。水を飲むついでに睡眠薬が喉を通り、胃の中へ落ちるまで、数秒もないだろう。そんな短い苦痛に俺は長年、悩まされてきたが、不眠症という看板をぶら下げている以上、どうにか耐えるしかない。手で押し込むかのように喉仏を上下にやおら動かし、眉間のシワが著しく深い溝を作る。水による手助けで喉を滑走していく睡眠薬が、胸に落ちていくのを最後に見失った。


 俺の腰は力なく落ち、ベッドに大きな軋みを立てる。息を吐くたびに湿り気が帯び、気落ちした精神の疲弊が、外にいる時よりも色濃くなる。「夢クリニック」にて見たものは、俺の期待をみごとに裏切り、それを“夢”だと認識し、自ら起床する本末転倒な顛末に頭を抱えるばかりだ。虚像の中に安らぎを求めて、心の拠り所とする目算は、二目と見られない惨たらしさを前に砂上の楼閣と化した。これは俺にとって想定していなかった出来事であり、致命的な欠点になり得る。


「……」


 もし今度も似たような夢を見て、同じように悟るようなら、「夢クリニック」は不夜城そのものに様変わりする。身体に撒かれた不安の種が無数に芽を出し始めたものの、目蓋が重くなり始め、眠気の予兆を感じ取った。睡眠薬は偉大である。機械の電源を落とすかのように、人間を眠りに誘うのだから。部屋の明かりを消す余力もなくなり、大往生を想起させる緩やかな眠気の手解きを受ける。硬い寝具の中に沈み込み、寝返りを打つ暇もないまま目蓋が落ちた。

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