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寝ても、覚めても  作者: 駄犬
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とあるクリニック

「おはようございます」


 脈拍を図る機械や、腕から伸びる管によって持続的な薬品の注入を施された身体は、さながら病院で処置を受ける患者のようだが、それらは全て雑居ビルの一室にて行われている、とあるサービスの施術に過ぎない。


「今回の夢はどうでしたか?」


 鼓動が激しく蠕動した証として、額をいくつもの汗が走った跡が窺え、ひいては唾液の分泌が長時間に渡って疎かになっていたことを示すように、喉は渇きを訴えている。これらを総合すると、俺は夢に没入していたと言えるだろう。だがしかし、夢の中で逃避行動を取るという本末転倒な思考の働きによって、泡沫の如く夢から覚めてしまった。これは今まで一度と経験してこなかったことであり、施術を受ける顧客の一人として不都合な事象だ。悪夢の内容をおいそれと中村氏に述懐し、全く別の処置を施される工程を踏まえると、甚だ億劫ではあったものの、あることないことを流麗に話すほど口は上手くない。


「なかなか刺激的でしたよ」


 ここに通い慣れたおかげで、すっかり常套句となった上記の感想は、自分の好みとは相反するものであっても、体良く使ってきた。膝を突き合わせて長く滞在することは、俺にとって苦痛としか言いようがないのだ。豆腐部屋のように真っ白な壁紙に、時代錯誤な剥き出しの蛍光灯の刺々しい光が現実に引き戻す。それは夢の中を揺り籠とする俺にとって、極めて不愉快なことであった。


「よろしければ内容を伺っても宜しいですか?」


 腕の衰えた床屋に通っているとしか思えない前髪の仕上がりや、青々とした口髭の剃り負けの傷跡。野暮ったい黒縁メガネをしきりに掛け直す多動的な所作は、白昼の住宅街を歩いていると不審者として注視を受けそうな風貌をしているが、白衣に身を包んで仕事をしている限り、免罪符のように許されるはずだ。だからといって、嬉々として中村氏と付き合う道理はなく、決まりきったやり取りを恙無くこなし、さっさとこの一室から脱出しようと常々思っている。


「一人の少女を……」


 夢の導入から終尾まで、つぶさに説明するのが慣例となっている。秋山氏はそれらをデータ化することにより、顧客が潜在的に抱える問題を言語化し、対処法や薬の処方を行っているのだ。生活習慣の乱れを指摘されるのが常となっており、俺は半ば話半分に相槌を打って、聞き流す癖が付いていた。


「な、るほど」


 だが今回は、暗雲めいた重苦しい声の調子を湛えるばかりか、ノートパソコンを打ち込む手を止めて、俺の夢の内容に対する思索を始めてしまう。


「……」


 外来患者を横臥させる簡易的な硬いベッドに腰掛けたまま、中村氏の様子をおずおずと注視する時間は、苦虫を潰す他ない。


「あ、本日の施術は以上になります」

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