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寝ても、覚めても  作者: 駄犬
15/19

揺り籠

「珍しい」


 俺はヒヤリとした。田中氏と中村氏の関係を凡そ知らない。よしんば、私的な会話をするような親密な仲にあるのならば、虚飾を重ねる俺の言葉は瞬く間に瓦解し、施術を受ける客としての立場は著しく悪くなるかもしれない。


「貴方はどうなんですか? どうして夢クリニックへ?」


 俺は身の上話を翻し、田中氏が通院するきっかけとなった理由を尋ねた。


「私は……」


 砂を噛むような渋い表情がグラスに反射し、歪な形に引き伸ばされる。猛々しく詰問気味に口を動かせば、煙の如く逃げるきらいがあった。だから俺は、自ら口を開くまでまんじりと待つつもりでいた。


「半年前かな」


 睡眠薬を赤の他人である俺に媚せがんだとは思えぬ慎重な口ぶりで話し出す田中氏の線引きが些か理解しかねたが、俺はは慎ましく軟化し、阿るつもりで一挙手一投足に気を配る。


「初めは、男友達に誘われました」


 とくに見初めた相手でもなければ、煙たいとさえ思っているはずだが、異性の存在を明言されると途端に気落ちするのは何故だろう。


「中村さんは実によくしてくれて、心地の良い夢を見せてくれました」


 釣瓶落としに夏を惜しむかのような過去の記憶を陶酔めいた顔付きで話すものだから、俺は親しみを覚えるより警戒心が先立つ。中村氏が他人の頭の中に入り込み、夢を自在に制御しているかのように語るが、それはあまりに荒唐無稽な話である。夢とは、蓄積した光景をツギハギに形作られるもので、見たこともない経験は本来、顕現し得ない。顔のない人間が時折、夢に現れるだろう。それは、覚えている人間の顔の中から取捨選択を誤った結果生まれる、所謂エラーのようなものなのだ。つまり、田中氏は不眠症の改善の為にあらゆる種類の悩みを中村氏に打ち明け、そこからどのような夢を見るかを逆算している。言葉巧みに誘導された田中氏は、幸福感を満たす夢の景色を見ることを約束したに違いない。


「いい夢……ね」


 俺と中村氏との関係に於いて、事前に見る夢を予知の如く言い当てることは不可能だろう。一身上の都合を打ち明けるような仲には至っていないし、後学を授かるばかりの中村氏にこれから見る夢の中身を当てられる謂れはないのだから。


「藁にもすがるように市販薬で眠気を間に合わせていたけれど、中村さんに不眠症について相談すると、タジリウスを処方されて」


 長い遠回りだったが、漸く俺と田中氏に於ける主題と言っていい睡眠薬の問題へ辿り着いた。夢クリニックから出てくる俺を待ち構え、無遠慮な振る舞いに至ったかの真意を知る番が回ってきたのだ。


「うん。それで?」


 今度は俺が聞き役に回り、鼻につく一歩手前の相槌で田中氏の本音を聞き出そうとする。その瞬間、カクテルの酔いが瞬く間に回り、視界がぐらりと歪んだ。


「大丈夫ですか?」


 俺は椅子から崩れ落ちる衝撃を感じながら、目蓋を下ろす。

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