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寝ても、覚めても  作者: 駄犬
12/19

夢クリニック

 “不眠症”が過去の悩みとして喉元を通り過ぎ、俺を哀れむだけの改善した状態にあることを告げてきた。


「最近?」


「そこらの睡眠薬で一過性の安心を買ってきたが、今はそうじゃない。もっと根本的なところから、見直したんだ」


 炯々たる眼差しを俺に向けるクラスメイトの背景には、すがって当然の確固たる自信が顕著に表れている。だからといって、軽々に飛び付き、盲目的な信仰心や執着心を抱くつもりはない。


「どういう……?」


 俺は値踏みするようにクラスメイトからその内訳を聴こうとする。

 

「夢クリニック」


 後学を授かる為には前向きな好奇心、欝勃とした意気込みが必要となり、少しでも敬意に欠けたものを抱えていると、砂を噛むような薄ら寒さを覚えてしまう。クラスメイトの口から出た言葉は、その気を多く孕んでいて、傾聴するにはなかなか難しい。


「わかるよ。胡散臭いよな」


 俺がそぞろに抱いた心の蟠りをつぶさに捉えたクラスメイトの表情は、悟ったような朗らかさがあり、諳んじるよりも理解を示す。それは過去に何度も撥ね付けられたことがある者らしい余裕が感じられ、自分の身持が如何に胡乱なものなのかを自覚した弁えと自制の効いた姿であった。


「ごめん」


 俺は事もなく謝ってしまい、クラスメイトが自らを「胡散臭い」と称したことを確証に変えてしまう。


「でも、本当に眠れるようになったんだよ」


 握り拳を作り、こめかみに青筋を隆起させる悔しさのような感情を発露する。虚偽を最もらしく見せる為のハッタリや外連味などに分別されてもおかしくないクラスメイトの身振りをどう受け取ればいいのか、些か判断をしかねる。


「一度、行ってみれば世界は変わる」


 大層な言葉も飛び出て、陶酔と形容しても齟齬がない微睡んだ目は、より一層身構えるきっかけとなった。


「夢クリニックは紹介でしか、通院できないんだ」


 先刻までの自覚を失念したかのような弁舌によって、懐疑心を生む材料が私の目の前に列挙されていき、赤ら顔で回っていた酔いがさめざめと波のように引いてく。


「どんなことをしてくれるの?」


 半ば興は醒めていたが、「夢クリニック」について尋ねる程度の器量は見せよう。


「簡単さ。夢を見るだけ」


 のめり込むには至らないものの、耳を傾けるだけの興味が湧いた。


「夢を見るだけ?」


 俺がオウム返しをすると、仔細顔にテーブルの上に肘をつく。これから話す事柄が如何に魅力的であるかを語る為の所作を整えた。


「そう。夢は起床に合わせて、鮮明さを失い、時間が経つにつれて忘れていくものだ。でも、夢クリニックで見るものは、必ずといっていいほど、鮮明に思い出され、窮することなく人へ伝えられる」


 “夢”が持つ性質を懇切丁寧に説明されたが、それは遍く人類が指摘されずとも経験することであり、随意に語られるまでもない。


「その夢の内容は、心身に紐付いていて、蔑ろには出来ない」


 フロイトの夢分析や夢解釈はいつ如何なる時代に於いても、等身大の自分を知る手段の一つとなり、重宝されてきた。その精度を高める施術が、もし仮に不眠症の改善に繋がる精神の安定をもたらすものならば、喜んで受けたいところだ。

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