2本桜/繋ぎ目
櫻の樹の下には屍体が埋まっている。
有名な言葉だね。日本人全員が知っているのではないかと思うほど有名な言葉ではあるが、この言葉の元ネタと言うべき話を知っている人はどれだけいるのだろうか。
病的なまで神経質で疑い深い彼が、桜の美しさを受け入れることができず、桜の美しさの理由を求めた話だと、自分は思ったよ。
君はあの話に何を思ったのかな?
◇
裏話
なぜいきなりそんな話をするのかだって?
簡単な話さ。聞いたからさ。
何をだって?
屍体が埋まっていると噂されている桜のことさ。
この街の近くもなければ遠くもない。微妙な位置に存在する噂話さ。
『2本桜』
そこではそう呼ばれている。2本の桜が絡み合うように生えているのが特徴でね、しかも桜の色がそれぞれ違うのさ。片方は白い色でもう片方が濃い桜色でね、桜が咲くと2つの色が別れて咲いてね、なんだっけ?バエルとかなんとからしくて人気の観光場所らしい。
そんな桜の近くに看板があってね。その桜の木に関する伝説が書いてあったのさ。
なんでも江戸時代の頃に身分違いの恋があったらしく、結ばれないのなら来世で結ばれようと約束してその場で身投げしたらしい。
その後、身投げした場所に2本の桜が生えて、絡み合うように成長したらしい。その桜の木が2人の生まれ変わりだとされている、と書かれていたよ。
縁結びの聖地って紹介されたよ。
◇
表話
月明かりだけが照らす整備された山道を、二つの影が歩いていた。
「なぁ、なんでこんな夜中に山を歩かなくちゃいけないんだ。」
二つの影のうち後方を歩いていた影が、声をあげた。
年若い男の声だった。若さが抜けておらず、若々しさを感じさせる声を持った男の両腕には一人で抱えるには多すぎる荷物を持っていた。
ショルダーのついた鞄を両肩で持ちながら、派手な色を持った持ち運ぶには不向きな箱のような鞄を両手で持った男は、前方の影に置いてかれぬように歩いていた。
「はぁー、さっきも言ったじゃない。この先にある『2本桜』を撮るために向かってるのよ。」
前方を歩いていたら影は若い女のようだった。
声は男よりは若々しさはないが、若さを十分に感じる声を持っていた。
整備されているとは言え、山道を歩くには不似合いな格好をしている女の両手にはなんの荷物も持っておらず、山を舐めていると思われても仕方がない格好をしていた。
「山の麓にあるとは言っても、そこそこ奥まった場所にあるんだから歩くのは当たり前でしょ!」
若い女は虫の居所が悪いのか、怒気を帯びた声を叫ぶように話す。
「そこは、聞いてた。なんでこんな夜中に行くのか、その理由を聞いてない、って話だ。」
乱れた呼吸を整えながら女に向かって質問をする男の額には汗が浮かんでおり、その顔には疲労が浮かんでいる。
「………はぁー。何度同じことを私に言わせるの、これが最後よ。
これから行く『2本桜』は、夜間の撮影と侵入を禁止しているのよ。なんでも場所が場所だから危ないっていう理由だけで禁止されているのよ。そんな理由だけで禁止されるなんてバカらしいし、夜に撮る『2本桜』はさぞかし映えるでしょ。」
女は呆れたような顔をしながら男に向かって答え、男はその答えに呆れたような顔をしていた。
「それだけの理由で夜の山中を通るんだ?」
「これだけの理由があるのなら十分じゃない。それより無駄話はここまでよ、あそこに見えるのが『2本桜』よ。」
女が指差す先には切り開かれた空間があった。月明かりだけが照らす空間は薄暗いが、先ほどまで歩いていた山道と比べると見通しは悪くなく、地面も夜中でも安心して歩くことができるほど整備されている。
そんな空間の奥まったところに目的の桜があった。
2本の木が絡まるように生えている桜は、1種の神秘さを感じさせる。爛漫と咲く桜の花は2つの色で彩られており、神秘さを助長している。
「……………綺麗だ。」
男はその光景に息を取られていた。先ほどまで重い荷物を持って山道を歩いていた疲労は見えず、疲労を忘れ去るほど目の前の光景に心を奪われていた。
「何ボーとしてんのよ!見つかる前にさっさと準備しなさい!」
声を落としてはいるが、夜中に出すには非常識な声量を叫ぶように出していた。
「許可とってないのか?」
「取ったわよ!断れたけど。」
そんな女に呆れたような顔を向けながら男は撮影の準備を始めた。肩にかけていた鞄からスタンド型の照明を組み立て始めた。
女は男が両手で持っていた箱を奪うようにとった後、箱の中から化粧道具を取り出して化粧を始めていた。
早々に準備を終わらせた男は女の方を向き、まだ時間がかかると判断したのか桜を見ている。
「よくこんな桜を見つけてきたな。」
早々に桜を見飽きたのか、男は女に向かって暇つぶしなのか話しかけた。
「こんなのネットで簡単に調べられるでしょ。」
女は化粧に集中しているのか、ぶっきらぼうに返答をする。
男は女の返事に驚きながら桜の周りを散策している。
「なんか、ありがたいご利益や逸話とかないのか、この気味悪い桜に?」
「ありがたいご利益はないけど、確か逸話はあったはずよ。」
女の話に興味が湧いたのか、男は散策をやめて木に寄りかかるように背を預けた。
「へー。どんな逸話なんだ?」
「そんな変な逸話じゃないわ。昔に無理心中した男女がその桜の下に埋まっている話よ。」
男はその話を聞くとつまらなそうな顔をした。
面白い逸話かと思えば、恋人同士のありふれた不幸話だと思うと途端に興味をなくした顔をしていた。
「あぁいや。忘れてたけど他にも逸話は合ったわね。」
女のその話に、すっかり興味をなくしていた男の顔に、再び興味の色が宿った。
男は無言で話の続きを期待していると、女は呆れたような顔をしながら話を続けた。
「確か、木の下には1人の死体しかない、って話だったわね。」
「?1人の死体。さっきの話じゃ心中した恋人が埋まっている話だっただろう。どうして1人しか埋まってないんだ。」
男の頭には疑問が浮かんでおり、話の続きを話せと言わんばかりの顔を女に向けた。
「あんまり覚えてないけど、なんでも大昔に悪さをしたおとこおんながいて、そんなおとこおんなに怒った神様?が、真っ二つに引き裂いて地面に埋めたって話。」
女がそう話すと、男の反応に興味があったのか。男がいた桜の方に顔を向けた。
しかし、そこには男はいなかった。
女は驚いた顔をしたが、すぐに呆れたような顔をした。
「なに。またイタズラ?まだ化粧は終わってないのに、やめてよ。」
女が桜の木に向かって話すが、男からの返事はなかった。女は疑問に思いながら声をかけるが男からの返事はなく、声は虚しく響くだけだった。
不信に思った女は、男がいた桜の方へ近づいていった。
桜に近づいた女は、桜の周りを見ても男の影は見当たらず、どこに行ったのか不思議に思っていた。
「………ねえ、いい加減にして!化粧も終わったからさっさと撮影して帰ろうよ。」
怒鳴るように女は叫ぶが、男どころか誰も返事を返すことはなかった。
女が恐怖に震えていると。
女の髪が木に引っかかた。女は少し痛がったか、すぐに髪を解こうと木に近づいた女は、あることに気づいた。
絡み合った木のつなぎ目に、何か液体のような物が付いていることに。
それは生暖かく、鉄くさい匂いと腐ったような匂いが漂ってきた。
女はそれが何なのか、理解する暇もなく。女の視界と意識はなくなった。