これが日常になるなんて……それは拒否したい!
「ゴールデンウィークに誰も遊んでくれなかったんですよ」
舞は腰に手を当て胸を張り堂々と言いきった。
「一人で遊びに行ってもどこを見てもグループやカップルや親子連ればかり。それを見た後、部屋に帰れば一人きり。そんなゴールデンウィークを過ごしていたら最終日には寂しさが振り切れてハイテンションになりまして」
小さな体で身振り手振りをしながら大ハシャギしている。
他の奴らは一斉に目を反らした。
目を伏せ、窓の外に視線を反らし、ゲーム画面を凝視している。
舞は舞で情緒が不安定になってやがるし。
それなのに、腐った魚のような目をしてるのに笑ってた。
「今日が楽しみで徹夜しました。終わり!」
なんとも小学生の絵日記の説明みたいだった。
中身はボッチを拗らせた中年みたいなものだったのに。
皆もなんとも言えない表情だ。
「だからって、どうして俺は呼ばれたんですか?」
そうだよ。
だからって無関係の俺に嫌がらせする理由にならないだろ。
八つ当たり? 身近な人たちにしてくれ。
舞は可愛らしく頬を染め両拳を手元に添えた。
あからさまなぶりっこポーズまたいだ。
そして目を見開き、
「だから今日は私と遊んでくれると信じています」
ゴクリ、と誰かぎ生唾を飲む音が聞こえた。
部室内はカチカチと針が進む時計の音しかしない。
誰もが息を殺し、自分達に意識が向かないよう祈っているようだ。
だがそれは無意味な抵抗のようだ。
「てか遊べ。遊ぶだろ?遊んでくれるんだよなぁ?」
それが舞の中では決定事項で、有無を言わせぬ圧力が込められていた。
瞬間、俺以外の全員が青い顔で私物を掴み、一斉に席を立つ。
誰もが冷汗を浮かべ、大慌てで逃げ口上をつげた。
「俺たちは三年生だ。つまり受験勉強は日々の積み重ねが大事でな、そろそろホームルームも終わる。俺は進学を考えているから授業を休むわけにはいかないんだ」
「無地目に毎日やってれば1日くらい問題無いです。ダメなヤツはどのみちダメですよ」
「今日は真面目に授業を受けなさいと叔父さんの孫娘の背後霊から連絡がありまして」
「いつも授業サボって部室でゲームしてるじゃないですか」
走り出した圭と芹が教室の扉から出ようとするが、それより早く舞に回りこまれていた。
二人の前で立つ舞は、満面の笑みさえ浮かべている。可愛らしい舞の容姿を思えば愛らしくもあるが、今の状況では恐怖以外の何でもない。
「柿崎萌花は逃げ出した!」
その捨て台詞と共に、萌花は窓縁へ足をかけた。
最早、逃亡ルートを選ぶつもりもないようで、飛び降りてでも逃げ切る決意が全身からひしひしと伝わってくる。
ちなみに、ここは部室塔の三階で地面はコンクリート。下手をしなくても、大怪我をする可能性は高い。
こんな所から飛び降りるなら、何かしら異能を使うんだろうが、ひどく焦っていることを考えれば危険なことは変わらない。
だが萌花は何の迷いもなく飛び出すために身を乗り出した。
しかし萌花が部室から飛び降りることはなかった。
寸前のところで舞に肩を掴まれ、教室へと引きずり込まれる。
そして、もう一方の手には目を回した圭と芹が引きずられていた。
「つ~かまえたっ」
そんな可愛らしい台詞と、三人の声にならない叫びが重なった。
おいおいおいおい、なんだよこれ。変な日常かと思ってたらアクションパニックじゃねーか。日常から一気に非日常ってレベルじゃねーよ、これ。大の男が片手で振り回されて白目向いてるしよぉ。
――――ここはヤバい場所だ!。
目の前で繰り広げられた惨劇もそうだが、本能が危険信号を鳴らしまくってる。
遊ぼうなんて言葉で、顔が引きつるのなんて初めての経験だ。
震える体を叱咤し、半ば諦めながらも逃亡を決意する。
舞がどれだけの力を持っているかは知らない。
だが目の前の光景を直視してその場に留まる勇気なんて持ち合わせちゃいない。
目を血走させながら遊ぼうと言われても、笑顔で応じることなんてできない。
怖いよ。
「と、とりあえず今から授業があるので。放課後になら、なんて……」
そう言いながら、舞を刺激しないように出来るだけゆっくりと、自然さを装いながら扉へ近付く。
舞の姿が猛獣に見える。
さっきから頭の中でクマと出会った時の対処法が思い浮かんできていた。
クマに出会ったら目を合わせず、ゆっくりと距離をとること。
大きな音を出したり急に動くと襲ってくるので注意しなければならない。
ちなみに死んだふりや木の上や高い所に逃げるってのは論外だ。
クマは死んだ動物も食べるし、木登りも得意だから食われかねない。
自分は路傍の石ですよ、と踞って震えそうになる。
じりじりと教室の扉に近づく。
ゆっくり逃げるのが良かったのか襲われずに扉の前まで辿り着くことができた。
何分もかかったと感じるが実際は十秒も経ってないだろう。
そっと後ろ出て扉へ手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
その間もずっと圭たちは舞に対抗しようとしている。
俺は視線を合わせないよう刺激しないように細心の注意を払い扉を開けた。
そして部室の扉から一歩後ろに下がり廊下に出た。
そのときに、ポンと優しく肩に手を置かれた。
恐る恐る振り返れば、さっきまで前にいたはずの舞が満面の笑みを浮かべている。
「君も部活の一員だから。今日は一日、血反吐を吐くまで遊んでくれるよね?」
その笑顔からは、今から楽しく遊ぶ、ということなんて一切感じられない。
そういえば今日の占い、最下位だったな……。
恐怖する頭の片隅で、そんなことを思い出した。