萌花という女
その日の放課後は、奇妙なモノを見つけることから始まった。
部室の前で萌花が正座している。
それだけでなく必死の形相で一心不乱にフランスパンにかじりついていた。
1メートル以上あるパンは、表面の皮がやや焦げていたり、クープ(切れ目)が不揃いで歪である。
素人が作ったフランスパンという感じだ。
何をやっているんだろう。
他人のフリして通りたいけど、部室の前にいるからどうしても関わってしまうことになる。
……とりあえず時間を見計らって後で行くか。
回れ右をして部室から遠ざかろうとしたが、後ろから声をかけられた。
「ふごっ、ふがんごがごげっ」
「ちゃんと飲み込んでから喋れ」
まるでリスのように頬を膨らませている萌花は、必死に顎を動かして口内のパンを飲み込む。
逃げようとしたら睨まれたので
、仕方なく萌花に声をかけた。
「何でこんなとこでパンなんか食べてるんだ?」
「良く聞いた!」
萌花はフランスパンを掲げ、
「圭が原因でこんな目にあってんのよ! そして部長が可愛くてあのオタクが最悪なのよ! このパンだって圭のやつがっ」
「少しは落ち着けよ。最初からゆっくりでいいから、話してみろ」
何を伝えたいのかさっぱりわからん。
「……うん」
萌花はしおらしくうつむき、何があったか語りだした。
語りだしたが、何を言ってるのかわからないので。
わかりやすく纏めてみる。
最初、圭が友人から貰ってきたパンを持って部室に入ろうとしたときに舞と鉢合わせた。
そして舞は焼きたてのパンの匂いに興奮し、圭からパンを奪って部室の前で食べ始めたそうだ。
しかし食べ始めたものはいいものの、量が多く薄味のパンに飽きた。
だから残りを捨てようとしたものの、圭に「勿体ないことをするな」と叱られたらしい。
そこに部室へやってきた芹に押し付け、自分は部室に入っていった。
芹が部室の前でどうしようかと佇んでいると、萌花がやって来た。
芹から「部長と間接キスですよ」フランスパンを差し出されて嬉々として残ったパンを食べてた。
それでも量が多く、ここで食べ切ろうと頑張っていとき俺が来たと。
さて、説明聞いた感想を簡単に言うか。
「下心満載で自業自得じゃねーか。バカだろ、お前」
「アタシはバカじゃないわよ! あんまり頭が良くないってだけで、その……」
しどろもどろに答える萌花だが、最後の方は小声になっていた。
しかも間接キスって言っても、舞が食べていたのは最初の部分くらいだろうに。
それなのにずっと食べ続けていたなんて……。
残り一メートル近いフランスパンって、最初はどれだけ長かったんだよ。
「皆で食べるのに協力してもらえば?」
「協力……アンタ正気なの!?」
「なんでそんなに驚愕してるんだよ。その顔にこっちが驚愕だよ」
コイツ、見た目だけなら美少女なのに口を開くと、残念なことこの上ないな。
「あいつらに借りなんて作ったら、いったい何をさせられるか……」
「そんな酷いことなんてしないだろ」
そんな事を言うが、自分で言っていて納得しかねる。
アイツらをひどくないとは言い切れないが、悪い奴らではないとは思う。
だから萌花が何を想像(妄想?)しているのかは分からないが、同じ部員を信じてもいいんじゃないかと思う。
だが萌花は違ったようだ。
神妙な顔で語り出した。
「……アタシさ、前に可愛い女の子に誘われて入った新興宗教に入ったことがあったのよ」
「急にぶっ飛んだこと突っ込んできてな」
「寄付金何十万払えとか、女の子は教祖に尽くしなさいとか。
明らかにヤバい所だったわ」
「そこの理解はあるんだな」
「そこから脱退するときに、部員の皆に協力してもらったことがあるのよね」
こんな世の中になってもそういうのはある。
予言師や占い師も存在する。
しかし、それらを語ったり偽って利用する人たちはいなくならない。
詐欺は原初の職業の1つとは良く言ったものだ。
「圭はともかく、舞ちゃんの暴力とオタク野郎の嫌がらせで脱退すること自体は簡単に済んだんだけどね」
魔人の地力は低くても街一つくらい滅ぼすもの。
それに加えて、芹の反則的なまでのハッキング能力の組み合わせ……。
何をしたのか知らないがその組み合わせだけで恐ろしい。
「でさ。そのときにさせられた事が『反省中』って書かれたプレートを首から下げて駅前で反省文を朗読させられたの……」
「自業自得だろ」
そもそも怪しい宗教に入って周りに迷惑かけたんだから、それくらいの罰は受けていいだろうに。
「そんなことないわよ! 周囲の目がとてつもなく痛かったのよ。私のような美少女に対してあるまじき暴挙よっ!」
「ちなみに、その新興宗教の名前は?」
「『夢と共に膨らむ胸を実現する集い』ってとこで――」
「抉れ(えぐ)てろ貧乳」
「っ!?」
多分、俺はとても残念なものを見る目をしていたに違いない。
俺はきっと侮蔑や憐憫を含んだ温度を感じさせない瞳をしていただろう。
けどそれは仕方ないことだ。
だって自分の欲望を優先して盲目になり、あげく問題が起こると周囲に助けてもらってて文句言ってるし。
「ち、ちょっと良いかしら。アタシのは貧しいほうじゃなく品格がある品乳よ!」
「無い胸張っても見苦しいだけだぞ」
個人的には巨乳や貧乳なんて、割とどうでもいいんだけどさ。
無い胸張られたら何だか虚しさを感じる。
だから胸を張るならもっと育ってから張れと声を大にして言いたい。




