情報社会の怖いもの
「はー、はー、はー…」
圭はトラックからカバンを取り戻し、走って戻って来た。
全力疾走したせいか肩で息をし、まだ暑くもないこの季節に汗を滝のように流している。
「先ほどから、はぁはぁと公共の場で息を荒げて、変態そのものですね」
「……う、うるさい。そ、それと、ちゃんと歩かないと危ないぞ」
今の圭には言われたくないだろう。
汗だくで息を荒げながら少女である芹に詰め寄る姿は不審者そのものだ。
恨めしそうな目で見ながら、息を荒げている奴がいたら変態認定しても異論なんて出ないだろう。
そんな圭に対して、芹は当たり前のことのように気にした様子がない。
周囲の事は気にしないタイプなんだなと思わせる。
(俺一人だったら絶対距離を開けて他人のフリしてるな)
「それに危ないと言いますが、オート機能搭載の盾が二つもあるから無問題です」
「俺らは盾じゃねぇよ!」
それには同意するぞ。
盾という認識は是非止めてもらいたい。
せめて人間扱いして欲しいものだ。
「それにボクは車やバイクとか電子機器が付いてる物なら、近くにあればわかるから大丈夫です」
芹はゲームから視線を離すことなく、曲がり角で急に立ち止まった。
そこへノーヘルで二人乗りをしている、カラフルなリーゼント頭の若者二人が騒音とともに駆け抜けた。
本当にバイクが来るのが予め分かっていたかのようだ。
「ああいう人種は今もいるんだな。もはやリーゼントなんて絶滅したと思ってたのに」
「珍しいから国で保護して記念物として見世物にしたらいいと思いますね」
3人で珍しいものとして見ていると、バイクは速度を落とし完全に停車した。
リーゼント二人は困惑しながらバイクから降り、何やら言い合っている。
そんな二人組を他所に、芹は手に持っていたゲーム機のレンズを二人組へ向けた。
「はいチーズ」
「「あ?」」
その掛け声と共に、リーゼント二人が、まぬけ面で振り向いた。
芹はその瞬間を逃さず、ゲーム機に付いているカメラでリーゼント二人を撮影していた。
「何してるんだ?」
「珍しかったのでつい。あんな頭の不思議生物を記録に残しておきたくて」
「気持ちは分かる。俺も国が保護していいレベルの希少種だと思ってたところだ」
「絶滅危惧種ですね。わかります」
「リーゼントを虹色に、しかもスパイラル模様なんて、どう染めてるんだろうな」
「聞いてんのかテメェら!」
目の前まで来ていた一人のリーゼントをまじまじと眺めた。
見事な虹色の螺旋模様。
色も赤橙黄緑青藍紫と、ちゃんと虹色の並びになっている。
お洒落にかける努力を認めたいが無駄な努力って言葉がピッタリな感じがする。
隣を見ると芹はもう一人のリーゼントの先を、グシャっと掴んで遊んでいた。
「こっちは固いです。ワックスか何かでカチカチに固めてますね。そんなのを使わないと固くできないなんて……若いのに可哀そう」
感触が面白いのか、芹はリーゼントを握って遊んでいる。
目の前に来て睨み付けていたリーゼントさんは良いようにリーゼントを遊ばれプルプル震えている。
「いい加減にしやがれっ!!」
「あ、すみません」
俺は反射的に謝った。
だが芹はまだ掌でリーゼントを夢中で遊んでいた。
それもとても無邪気な可愛い表情で。
「もう少しだけ……」
会ってから少ししか経ってないけど、芹って基本的にゲームをしながら無表情だから新鮮だな。
……こんな状況じゃなければだけど。
「手ぇ離せっって!」
男の一人が芹の手を強引に払った。
芹は男に一瞥もくれず、男の頭、リーゼントのほうをじっと見続けている。
「このモヤシ野郎が!」
リーゼントを掴まれていた男が芹に殴りかかった。
マジかよ、何してんだ芹の奴! こんなの適当に謝っとけばいいのに。
とっさの事とはいえ、俺は何も考えずに芹と男の間へ割り込んだ。
額を殴られ、その場で倒れる。
さらに男は、倒れた俺の腹に蹴りを入れてきた。
「がふっ!」
「邪魔すんじゃねぇ」
思いっきり蹴られ、息をするのが苦しい。
それより、芹だ。
こんな事になってるのに何やってんだこいつ。
早く逃げるなりなんなりすしろよ。
殴られそうになってたし、怖がってるんのか。
そう太陽が心配していたが、それは杞憂だった。
それどころか芹は倒れている太陽を「こいつ使えねー」みたいな目で見て、舌打ちをした。
庇った太陽はこの仕打ち。
さらに一緒にいた圭はいつの間にかスタコラと走って離れていっている。
こいつら、と太陽が憤りを感じている間にもリーゼントたちは気がおさまるところか、ボルテージをあげていた。
「自慢の髪をもてあそびやがって。慰謝料でも払ってもらうぞ!」
「そうだ、出すもの出せば痛い目見ずに済ましてやるよ」
そんな二人組の言葉を無視し、芹は携帯を取り出して素早く指を動かしていた。
そしてため息を吐くと、痛い人物を見るように虹色リーゼントに指を指した。
「ゴウダヒロシ。今年、五歳になる弟がいるね。両親に煙たがられ、家では弟に癒されている」
「あ、俺がこの辺りで有名だって思い出したのか、おい!」
「そして弟で興奮するほどのブラコン。その髪も虹が好きな弟が気に入ってるからしてるんだ」
「……」
淡々とした口調で、汚点とも言える個人情報を本人に伝えた。
虹色リーゼントはさっと視線を反らした。
どうやってそんな個人情報を知ったのかわからないけど、弟に興奮するって人間としてひどいな。
家族も煙たがってるんじゃなくて、近寄りたくないだけなんじゃないのか。
芹はもう一人の方に向き、
「タナカアキヒト。浪人と留年を繰り返し、二十二歳で高校二年生。クラスメイトとの年齢の壁を取り払う話題作りのために今の髪型にした。けど逆効果でクラスでは浮いている、ボッチ」
「ボッチじゃねぇ! 孤高の存在なんだよ!!」
そんな叫びを無視し、
「日課が朝と晩にバーチャルアイドルのポスターに向かってお祈りを欠かさないこと」
……リーゼント二人はツワモノの変態だった!
見た目とのギャップとかじゃなくて、ただ単純に気持ち悪い!
「な、何言ってやがる」
本当のことだったのだろう。
二人組は図星を突かれて、見るからに取り乱している。
「五月蠅いですよ。貴方たちは何百という目に見られている自覚を少しは持ったほうがいい」
ジト目でさも当然のことと言う芹。
「でたらめもいい加減に――」
その言葉が最後まで言われる前に、俺とリーゼント二人組の携帯が同時に鳴り響いた。
芹は二人組に「どうぞ」と促し、そして俺にも携帯を開くよう伝えた。
嫌な予感を抱きながらも携帯を開くと、勝手に動画が再生される。
その動画には、今この場所を真上から撮っているであろう動画が映っていた。
「この恐喝動画が学校や警察、ご家族にでも流れれば問答無用で連れて行かれるでしょうね」
淡々と、どこか事務的に話し、相手にこっちの感情を知られないように話す。
「ちなみに今は周囲2メートルほどの範囲しか放送してません」
芹の目には容赦や躊躇いの欠片も無かった。
「つまり貴方たち3人だけしかこの動画は見せていないんですよ。大人しくするなら、これ以上は放送する範囲を広げません。けれど抵抗するならどうするか、わかりませんけどね」
すると言ったらする。
今現在のことだけでなく、これからも自分達に危害を加えるなと、言外に伝えている。
二人組は膝を地面につき、俯きながらガタガタと震えだした。
芹は膝を曲げリーゼントたちの頭の近くで囁いた。
「社会的に死にたくはないでしょう?」
その言葉にリーゼントたちは青ざめ、すでに声も出せないような状態だ。
「では」
芹はそれだけ言うと、二つのリーゼントを鷲掴みにし、先ほどのようにニギニギとし始めた。
コイツ、これを堪能するためだけに電波ジャックじみたことをしやがったのか!?
結局、芹はその場で二十分近くリーゼントの感触を堪能したのだった。




