09 心惹かれるお誘い
「ニコール嬢、よければ今度一緒にファミリア商会に遊びに行かないか?」
食堂でエリーゼと昼食を取っていると、当たり前のように私達のテーブルにやってきて勝手にエリーゼと自己紹介をしあい、何故だか一緒に食事を取りながらロバート様がごく自然な調子でそう言うと、横でエリーゼが小さくキャッともなんとも言えないような華やいだ声をあげたのが聞こえた。
エリーゼはすぐにそんな声を出したことなどなかったように真面目そうな顔で私を見ているみたいだが、私はロバート様のほうだけ見て言った。
「お誘い頂いて恐縮ですが、申し訳ございません。ご一緒させていただく理由がありませんので」
隣でエリーゼがテーブルの下で私の手をつついてくるが無視だ。
「まあ聞いてくれよ。ファミリア商会は知ってるだろう? 有名だもんな。で、そこの息子は俺の友人なんだがヤツは前に言ってたジョセフィーヌの従兄弟なんだよ。でもって、学校にフィーにとても良く似た娘がいるって話をしたら興味を持ったみたいで会わせろって煩いんだよな。な、この通りだ、一緒に来てくれよ」
「そうは言われましても」
「……ちょっと、ニコール、いいじゃない、行ってあげなさいよ。良かったら私もつきあうから」
エリーゼが小声でそう言ってきた。たぶん、ファミリア商会の名に惹かれているのだろう。実を言うと私もファミリア商会の名にはぐらついている。
私の好きな文具店もファミリア商会が出している店の一つなのだ。
ファミリア商会は手広く商売をしていて、その他にもとても人気のあるドレスメーカーや装飾品専門店などを展開する若い娘、だけでなく全ての女性の憧れの大商会だ。
ロバート様に連れられて一人でその友人に会うのは気が引けるが、エリーゼが一緒に来てくれるなら悪くないかもしれない。従姉妹に似てるという私に会って、その後も親しくしてくれるかどうかはわからないが、あちらが会ってみたいと言われているのだから会ってもよいのでは?
私がどうぞ連れて行ってくださいとお願いしたわけではなく、ロバート様のお願いで訪ねていくのだから気まずい思いをさせられることともないだろう。
これはチャンスだ。大商会の子息とその友人を通して知り合える機会などそうそう巡ってこない。この機会を逃す手はないのでは?
そう決意した私は、いかにも私にはメリットがないというような調子を装ってマーガレット様との約束を果たすことを条件に盛り込むことにした。
「では交換条件にしませんか? 私の友人に剣術大会を見てブルーム様とお話してみたいという方たちがいるのです。今度、その方たちと話をするための時間を割いていただけるならわたくしのほうもファミリア商会に伺います」
「お、いいのか? ありがとう。だけど、俺はフィーに一筋だからその友人とやらが俺に恋人になってくれとか言い出すようだったら無理だぜ?」
「そのことについては事前に彼女たちに言っておきますので大丈夫だと思います」
きっと、マーガレット様たちはロバート様に思い人がいることを悲しむよりも、逆にロバート様からそういう話を聞かせてもらうことを喜ぶんじゃないかと思う。だが、しっかりとその点についてはもう一度確認してから約束を果たすことにしようとは思った。
「よし、じゃあ来週の休日はどうだ? モートン嬢も是非ご一緒にいかがです?」
ロバート様に微笑まれたエリーゼはにっこり笑って「喜んでご一緒します」と応えた。
後で私がタイラー様に許可を取らなくていいの? と聞くとエリーゼはニコールと一緒なんだから許可だなんて必要ないわと言って笑った。
でも、そのあとで、タイラーが実はとてもやきもち焼きであることが判明。
騎士学校の人気イベントである剣術大会に優勝した見目の良いローガン様は官吏学校でも女生徒たちに人気があるし男子生徒の間でも名が知れているそうで、エリーゼがそんな人と一緒に出かけることに最初はかなり難色を示したのだ。
それでも、渋々ながらエリーゼの希望を優先してくれるあたり、二人は信頼し合っているのだろう。
エリーゼの目当てはファミリア商家であってロバート様ではないのだから心配など無用だ、と及ばずながら私もエリーゼのために口添えしたのも効いたのかもしれない。
「ファミリア商会のご子息とお知り合いになれるなんてラッキーよね! 私のうちでは常連になるなんてことは無理だから諦めていたんだけれど、もしできるなら結婚式のドレスはあそこがやっている一番有名で予約が取れないと言われてるドレスメーカーで作ってもらえたらいいなと思っていたのよね。ニコールのおかげで夢が叶うかも!」
早くもそんな期待を口にするエリーゼ。これは責任重大だと思ったが、果たしてそんなに上手くいくかはわからない。
でも、とにかく、マーガレット様とフローラ様にはいい報告ができそうだからそれだけでも良かったと思うことにした。
案の定、マーガレット様たちはロバート様に想い人がいるという話を本人から聞けるといって喜んでいた。よくわからないけれど、彼女たちにとってはロバート様は生身の男性というよりは憧れの騎士様というような位置づけらしく、元から恋人になりたちというような気持はないのだということだった。
だから、騎士様に恋人がいるのならその恋人と一緒にいるところを見たいとすら思うらしい。
わかったようなわからないような気分で彼女たちの話を聞いていた私のことを、遠くからサミュエル様が面白そうに眺めているのが見えた。
秘密の友人候補になった日から時折感じるサミュエル様の面白がるような視線は、不思議なことにすぐに私にとってそれほど居心地の悪くさせるようなものではなくなった。それどころかいつかまた機会があったらそのことについて話したいとすら思っていることに気が付く。
案外、私とサミュエル様は本当に良い友達になれたりするのかもしれないな、と思った。