07 休日の王都散策
学院の生活が落ち着くと休日には王都の見学に出かけることが多くなった。
最初は親切にも王都に慣れたタイラーが案内をしてくれるといってエリーゼと共に私も一緒に街へ連れだしてくれた。
それからも何度か好意に甘えて三人で評判の良い菓子店に行ったり、領地では手に入らないような素敵な小物を売る店に連れて行ってもらったりしていたのだが、優しい二人が気にしないといってくれるのをいいことに毎回のようにデートを邪魔するのも申し訳ないし、見ていると治安も問題なさそうだからこれなら一人で訪れても大丈夫だろうという気がしてきたので今日は思い切って一人で出かけてみることにした。
休日には学生たちがどっと繰り出してきているため人目があって、元々治安がいい界隈がまるで学生のための場所のようになっているので女性一人でもおかしな場所に迷い込んだりしなければ危険な目にあうことはないと聞いていたし。
大通りに面した店を冷やかしながら歩き進めていると、一際目を引く素敵な外装の店が見えてきた。
実は今回のお目当ては、珍しい異国の商品を扱っているこの文具店なのだ。
この国で使われている一般的で実用的な文具を買いたいなら、学生に人気の店が他にある。
だが私はエリーゼたちと一緒に初めてこの店に足を踏み入れた時から、少し値は張ってもこれからはこの店の商品を買って使いたいと思っていた。
エリーゼに言わせると、勉強のための道具にお金をかけるくらいなら身に着ける装飾品や部屋に飾る可愛らしい小物を買うほうがいいわということなのだが、タイラーとのデートでそういうものがたくさん必要なエリーゼとは違って、私はそんなに身を飾る物が必要ではないし、自分の手にぴったりくる書きやすいペンや重要だと思う内容をまとめて書きつけておくための素敵な模様のノートなどを買うことのほうが楽しい。
それに、このお店にはパッと見ただけではいったい何に使うのかわからないような文具が置いてあったり、普段使っている何の変哲もないはずの文具のデザインが凝っていたりと見るだけで楽しくなるような商品が所狭しと置いてあるため、前から密かに時間を気にせず飽きるまで見たいという願望を募らせていた。
私は、王都に来てから初めて見た、隣国産だというガラスでできた高価なペンの美しい模様を一本ずつうっとりと眺めながら祖父にねだっていつか買ってもらえる時のために真剣にどれが欲しいか悩んだり、珍しい色をしたインク壺の中のインクをのぞき込んだり、手紙などとても入れられないような小さな紙の封筒の用途に頭を悩ませ、描かれた異国情緒あふれる模様が何を意味しているのだろうと考えたりしながら至福の時を過ごしていた。
「あれ? ニコール嬢じゃないか?」
夢中になって店の商品を見ていた私の耳に、そういう声が聞こえたのは一通り気になる商品を見定め終わった頃だった。
「あ、ライアン様。こんにちは」
「こんにちは。今日はタイラーとエリーゼ嬢は一緒ではないの?」
「はい、いつもいつもお邪魔虫がくっついているわけにもいかないので」
「はははっ。お邪魔虫だなんてことはないだろうけれど、仲の良い二人と一緒にいるのが気が引けるというのはわかる気がするな。エリーゼ嬢と一緒にいるタイラーを見てるとこっちまで気恥ずかしくなるという感じがするし」
「そうですわね」
ライアン=フォーサイス様はタイラー様の官吏学校の友人として紹介された方のうちの一人で、その中でも特別に仲の良い友人だと聞いている。
彼は名門伯爵家の次男だが、年の離れた兄に既に子供が生れているため将来は伯爵家から出て一人立ちすつもりなだという。
そのために興味のあった官吏の仕事につくつもりで学校に通っている、とエリーゼに誘われて何度か一緒に取ったランチの際に本人が言っていた。
「そうれはそうと、一人で来たの?」
「はい。このあたりなら一人でいても大丈夫だと教えていただいたので」
確か、私にそう教えてくれたのは彼らとの会話からだったと思う。
「うーん、まあ確かにそれはそうなんだけどね」
ライアン様は少し困ったような顔をして続けた。
「休日のこの時間帯ならば学生が多いし治安は問題ないというのは本当なんだけど、やっぱり女性が一人で来るのはどうかな。君はとても美しい女性だから、声をかけて強引に誘うような輩がいないとも限らないし」
ライアン様は気づかわし気な調子でそう言った。
「……そうですか、あの、今度からは気を付けます。ありがとうございます」
親切な忠告に感謝するとともに、まだあまり男性からの社交辞令に慣れていない私はライアン様の言葉に少し顔を赤くしてしまったのではないかと思う。
そして気のせいかライアン様のほうもいつもの落ち着いた様子とは違って、なんとなく自分の言った言葉に照れを感じているような素振りをみせているようで益々居たたまれない気持になった。
「あ、そ、そうだ、それで、君は何を見ていたの? 私は今日は注文していたガラスペンが出来上がったという知らせをもらってそれを取りに来たところなんだ。もしも君の用事が既に終わっているのなら、良ければ私が学園まで付き添って帰るよ? あ、でもこれは強引に誘ってるわけじゃないからね、君を誘う口実にこんなことをいったんじゃないんだ。まだ用事があるなら充分注意して回ってほしいというだけで、ヘンなことを考えてるわけじゃないから」
あたふたとそう続けたライアン様の様子に私のほうは少し落ち着いたというか、年上で落ち着いている人に見えていたのに、こうしてみるとなんだか可愛らしい人だなという気持ちになった。
「私の今日の用事は既に終わっています。もし、ライアン様が私のために予定を変更されるのでなければ、ご一緒させてもらってもよろしいですか?」
「ああ、大丈夫。私のほうはさっき言ったこのペンを取りに来ただけだから」
手にした箱を見せてそういったライアン様は親しみやすい顔で笑った。
私は、親切な申し出に感謝するとともに、出口に向かって歩き出したライアン様の淡い金髪の陰に隠れた耳が赤く染まっているのに気が付いて何故だか少しドキドキした。
もしかしたら、私の耳も彼のものと同じように赤くなっているかもしれないと思ったからだ。
社交辞令を真に受けたわけではないが、年が近く見目の良い男性に美しい女性だと言われてこちらに好意的な雰囲気で気遣いをしてもらうという経験に少し心が浮足立ったのはしかたのないことだ、と言い聞かせてなんとか平静を装う。
帰り道はとても楽しかった。
ライアン様は私の文具への愛着を理解してくれるどころか彼もまた文具に並々ならぬ拘りをもっているようでその話で盛り上がったからだ。
しかも彼は買ったばかりの高価なガラスペンで試し書きさせてくれると約束してくれた!
なんて良い人なんだろう、とその頃にはドキドキする気持ちも落ち着き、気の合う仲間を見つけた喜びでいっぱいだった。
もしかしたらライアン様は私の初めての男友達になってくれる人なのかもしれないという期待に胸が高鳴った。