06 思わぬ幸運
食堂での出来事から立ち直れないまま教室に戻った私だったが、午後からの授業で平穏を取り戻し、さあ帰ろうと思ったところで珍しい人達に声をかけられた。
「ロートレック様、少しよろしいですかしら」
声をかけてきたのは挨拶以外にこれまで話をしたこともなかった伯爵令嬢のマーガレット様とその友人の子爵令嬢フローラ様だった。
「ええ、大丈夫ですわ」
いつも互いに予定がない日はエリーゼとおしゃべりをしながら一緒に寮に帰ったり、図書館で一緒に勉強をしたりするのだが、今日は元からエリーゼに放課後はタイラー様とデートだと聞いていたので先に帰ってと合図してから二人に向き合う。
「あの、お昼に食堂でお見かけしたのですが、ロートレック様はロバート=ブルーム様とお知り合いなのですか?」
「知り合いというほどでは……」
知り合いというほど知り合いではないのは確かだ。何かあったら頼ってくれと言われたけど単なる社交辞令だと思うし、もう声をかけられることはないだろう。私からも声をかけることなんてないだろうし。
「実はわたくしたち、毎年騎士学校で開かれる剣術大会を見に行くことにしておりまして、ロバート様はご入学された年に一年生ながら五位に入賞されたことでとても注目されたのです。しかも去年の大会では並みいる先輩方を相手に奮闘され、見事優勝されたのですわ! あの方ね、素晴らしくお強いの」
マーガレット様が初めに目をキラキラさせながら一息でそう言われた後、フローラ様も負けずに続けた。
「去年ロバート様が勝ち進まれた際のお相手だった方々も皆さまとてもお強い方々だったにも関わらず、見事な勝利でしたのよ! その年の優秀な卒業生の方々は今は騎士団に入隊されていてロバート様が卒業されるのを心待ちにしておられるそうなのです。今度は騎士団の大会でロバート様に雪辱を果たすために皆さま今まで以上に精進なさっておいでなのですわ。ロバート様は騎士団への入団が決まっているようなものですから!」
「そ、そうなのですか、知らなかったです」
「まあ、もったいない。せっかくお知り合いなのにあの雄姿をご覧になっていないなんて! 是非とも今年の大会はご覧になるべきですわ」
「そうですとも。ロバート様は伯爵家の三男で普段はとても気さくな方らしいのですが剣を持つと人が変わると言われているのです。その力強く美しい剣技は一見の価値ありですのよ」
「なるほど、素晴らしい方なのですね……?」
「「そうなのですわ」」
二人は興奮しきった顔でそう言い切った後、お互いに相手をつつき合いながら先ほどまでの勢いを失くしてちらちらと私のほうを伺いながら言った。
「それで、その、もしよろしければ、あの」
「わたくしたちをロバート様とお話しされる際に同席させていただけないかと」
マーガレット様は栗色の髪に灰色の目をした楚々とした令嬢だ。その彼女が同じような色合いを持つフローラと共にもじもじしている様子は男性であれば庇護欲をそそられるであろう何とも言えない風情を醸し出していた。二人は親戚関係にあるのか容姿もよく似ている。
「期待させてしまったようで申し訳ないのですが、本当に知り合いというほどの間柄ではないのです。先日、困っていたところを偶然助けていただいた関係で少しお話しさせていただいただけで」
「そうなのですか」
二人同時にシュンとした感じも可愛らしい。
ロバート様はジョセフィーヌという人に熱烈に片思いしているようだから、他の女性にとって恋愛関係は望めない相手だろう。そのことを伝えるべきだろうか?
そういった意味ではたとえ二人を紹介できたとしても意味がないかもしれないけれど、二人の様子からは恋愛というよりも憧れの人と話をしてみたい! という熱意がビシバシと伝わってこのままでは終われそうにない。
「ブルーム様には想い人がいるそうですけれど、もしまたお話しする機会があればブルーム様の剣技に憧れている方がお会いしたいといっているということを伝えることはできると思います」
「想い人?! そんなことまでお話しされる仲ならそれはお知り合い以上ですわよ!」
「是非、是非、そのような機会があればよろしくお願いいたします!!」
きゃあきゃあと言って嬉しそうに騒いでいる二人にとって、ロバート様は恋愛対象というよりは崇拝の対象なのだろう。その気持ちが実際に会って話をすることで恋に変わってしまったら私のお節介が悪い結果になるかもしれないとは思ったが、なんとなくそれは杞憂であるような気がした。
楚々とした見た目とは裏腹に元気の良い二人の様子はとても微笑ましい。
その後も、ロバート様以外の二人のおススメの騎士学校の生徒の話や騎士団の騎士を廻る噂話等を嬉々として語ってくれた二人は、王都には騎士や騎士の卵の男性に憧れる女性が沢山いて、剣術の大会などに出かけて行ってはお目当ての騎士に声援を送ったり贈り物をしたりするのが流行っているのだということも教えてくれた。
「よろしければ是非ニコール様も一度ご一緒しませんか?」
「そうですわ、実物を見ればわたくしたちの気持ちをもっと良くわかってもらえると思いますし」
「ええ、是非ご一緒させてください。マーガレット様、フローラ様」
こうして私はまた新たな世界を垣間見る機会を得たのだった。
ロバート様の迷惑とも思えた行動には驚かされたが結果良ければなんとやらで、彼女たちと話をする機会を与えてくれた彼に心の中で少しだけ感謝しておいた。