05 未来の騎士との邂逅
「フィー?」
放課後に図書館で調べ物をしていて遅くなり、暗くなりかけた道を急いで寮へと向かっていると前からやってきた男性が立ち止まって訝し気な声をかけてきた。
驚いた私は一二歩その人から離れて警戒しながらその人を見た。
「あ、すまない。驚かせてしまったようだ。どうも人違いをしたようで。こんな場所に彼女がいるはずがないんだから人違いだってすぐにわかってもいいはずなんだがな」
大柄な男性はそう言って頭を下げた。
「いえ、大丈夫です」
まだドキドキする胸を抑えつつ歩き出そうとすると何故かその人がまた声をかけてくる。
「あーその、暗くなってきたようだし、よかったら女子寮まで送ろう」
「いえ、大丈夫ですので」
警戒しながら横歩きで逃げるように歩く私にその人は重ねて言った。
「不審者じゃないよ、といっても初対面だし信じられないだろうが本当に不審者じゃないんだ。少し離れて後ろを歩いて見守るだけだから許してくれないかな。君のような人が一人で歩いているのはなんとなく心配だから」
そう言うと、その男性はさあどうぞ歩いてください、というように片手でジェスチャーをした。
しかたなく私は後ろを警戒しながら急いで歩いた。これほどまでに寮までの距離を長く感じたことはないというくらいの時間を経てようやく寮の建物が見えてきたところで、わずかに震えている足とドキドキと忙しなく鳴っている心臓の音が最高潮になった。
恐る恐る振り返るとその人は既に立ち止まってこちらを見ていた。
「すまない。そこまで怯えさせる気はなかったんだ。……では俺はこれで」
そう言ってくるりと振り向いて来た道を引き返していく姿にほっとすると同時に、親切で送ってくれただけの人をまるで不審者のような扱いで追い返したようで申し訳なかったなと思った。
だが、怖かったのは本当だ。普段意識していないときは何とも思わないものだが、いざ、人通りがない場所で男性と二人きりになるのがこんなに恐ろしいものだとは思わなかった。
今度からは暗くなる前に帰ろう。敷地内は安全だとはいえ何が起こるかわからないのだから、と震える手で部屋の扉を締め、安堵したところでそう固く決意した。
◇
数日後、エリーゼがタイラーと二人で昼食を取る日だったため一人で学食に並んでいると、既に食事を終えたのか食事を取る場所のほうから歩いてきていた男性がすっと私の隣で立ち止まった。
見上げると大柄で容姿の整った目を引く男性がこちらを見ていた。
「また会ったね。できればちょっと話をしたいんだが、どうだろうか。怪しい者じゃないことは……そうだな、ああ、騎士学校の教授がそこにいるから証明してもらうからさ」
そう言ってあれよあれよという間に彼はその場を取り仕切った。
まず、列にいた彼の知り合いだという人に私の注文を同時にしてくれるように頼むからとメニューを何にするかを告げさせられて列から抜けさせられ、それから騎士学校の教授だという人から彼の氏名を聞かされて人柄を証明してもらったのちに、迷いのない足取りで列に並んでいた男性や目の前の男性と同じように体格の良い男性が多くいる一角の空いたテーブルへと誘導されて座らされた。
食堂は別の学校と兼用だが、座る場所には暗黙の了解があって、中央の広いスペースは誰でも誰とでも座れるが、奥まった場所や見晴らしの良い場所などには優先的に各学校の人しか座れない席というのが自然と出来上がっている。
私が連れて行かれたのは騎士学校の生徒しかいないエリアだった。
しばらくすると、列に並んでいた男性が私の前に食事を運んできてくれたが、その人はすぐに別の席へ移動した。
どうやら一緒にいる男性は騎士の学校で一目置かれる存在のようで、彼がなにか合図でもしたのか食事を運んでくれた男性を含めてまわりは一緒にいる私にちらりと好奇心を宿した視線を向けてはくるが、誰も話しかけてくるようなことはなく、席に近づいてくる人もいなかった。
「ちょっと強引だったかな。改めて、俺の名前はロバート=ブルームという」
「ニコール=ロートレックです」
ロバート様はここでもどうぞ食べてとでも言うようなジェスチャーをした。仕方なく私は食事に手をつけたがロバートの視線が煩く感じられたし、まわりからも注目されているようで食べ物の味がよくわからないくらいだった。
「あのさ、迷惑をかける気はないんだけれど、実は君は俺の知り合いにとてもよく似てるんだよね。だから名前を知りたいと思ったんだ。もしかして知り合いに関係がある人かもしれないと思ってね」
「そう、ですか」
私の全体的な容姿は母によく似ている。色彩だけは多少母とは異なっていて、髪の色は淡い金髪ではなく祖父のものと似た濃い金髪、瞳の色は薄いブルーではなく父譲りのブルーグレイだ。
「君はどこの学生なのかな? 一年生?」
「領地経営の学校に今年入学したばかりです」
「そうか。ジョセフィーヌっていう少し年上の従姉妹がいたりしない? それとアルバートっていう従兄弟は?」
「いえ、いません」
私の知る限り親戚にそのような名前のその年頃の子供はいなかった。
「なら他人の空似ってわけだね。しっかし、明るいところで見ても瞳の色以外は何年か前のフィーに本当によく似てるんだよなぁ」
そう言うとロバート様はまた私の顔を眺める。
「もしかしてその方は貴方の恋人なのですか?」
いい加減鬱陶しくなったのでやけくそになってそう言うと、ロバート様はちょっとあたふたしたみたいだった。
「いや、その、恋人というわけでは……」
「じゃあ、今はまだ単なる片思いとかですかね」
笑顔でそういってやると「ウッ」という声を出して胸を抑えるふりをしたロバート様。
「痛いところを突かれた。そうなんだ、今はまだ俺の片思いだよ。だからフィーと同じような顔をしてそんなこと言われるとクるな。君はびっくりするくらい彼女によく似てるからさ。なんか懐かしいな。今より少し幼かったころのフィーと話しているみたいだ」
そう言ってロバート様は私を見ながら私でない人を想って、恋をしている人の目とはこんな感じなのかと思わせる優しい目で私を見つめた。
「なるほど、そうですか。どうぞ頑張ってくださいね」
なんだか居たたまれないような気持を持て余し、おざなりにそう言ったところ、ロバート様はすぐに邪気のない笑顔になって頷いた。
「おう! 頑張っていつかは俺がフィーの恋人になるつもりなんだ。あと、フィーによく似た見た目の君と出会ったのも何かの縁だ。俺のほうが二年も先輩なんだし、何かあったら頼ってくれよな。力になるぜ! それじゃあ俺、行くよ。昼食を取るのを邪魔したな。じゃ、またな!」
唐突な展開にあっけにとられている私にロバート様は笑顔で手を振り、まわりの男性達となにやら言葉を交わしたりしながら颯爽と歩き去った。
残された私は何が何だかわからないまま大急ぎで何を食べたのがわからないような食事を終えて、逃げるように食堂から飛び出すことになった。