03 クラスメイト
クラスは一学年に二つあり、一クラス三十人程度の学生がいる。
その中でも将来爵位を継ぐ予定の学生はだいたいどの学年も10人もいれば多いほうだという。
私が通う学院の人数は他の学校に比べてかなり少ないがそれも仕方がないとは思う。そもそも爵位を継ぐ人数というのは元々そう多くはないのだから。
新設された規模の小さいこの学院は、他の伝統校に隣接した場所にあるためそれらの学校の生徒たちとの交流の場も用意されている。
年若い貴族の社交場のような位置づけでもあるのだろう。
そのため、折々に設けられている行事への相互参加だけでなく、図書館やカフェテラスなどそれらの学校と共有されてる場所も多い。
私は祖父を納得させるために頑張ったせいか入試の成績が良かったので第一クラスの所属となったが、跡継ぎの生徒の多くは第一クラスに固まっているということなので他の人に遅れを取らずにいられてほっとした。
また、第一クラスの女性は三十人中七人と比較的多いほうだという。
第一クラスに普段より女性が多いのは高位貴族の女性後継者がいるので彼女らの友人というかお世話係のような立ち位置で何名か学院に入学しているからそれでだ、と入学行事の時に知り合いになったエリーゼが教えてくれた。
「このクラスには侯爵家のクリスティーナ様とご友人の方が二名、それから伯爵家のマーガレット様とそのご友人一名、そして子爵家の私と貴女ということになるわね。あとは第二クラスに伯爵家の跡取り娘と男爵家の跡取りが一人ずついるそうだからそちらにも一人か二人ご友人がいらっしゃるみたいよ」
子爵家や男爵家の娘とは違い、侯爵家や伯爵家ともなると学院に女性の数が少ないため予め懇意にしている下位貴族の娘を一緒に学院に送り込むのが普通なのだという。
そんなことを考えてもみなかった私は驚いたが、なるほどとも思った。確かにもしもエリーゼがいなかったら私は二年間一人ぼっちで過ごす羽目になっていたかもしれないと思い至ったからだ。
幸いなことにエリーゼとはすぐに打ち解けた。
まあ、そうでなくとも他の女性たちは元からの知り合いだということだから、同じく領地で育ったそうで王都にはあまり知り合いがいないというエリーゼと私は必然的に二人でいることにはなったかもしれないが、それでも気の合わない人と一緒にいなければならないより友人になれそうな人といられるほうがいい。
「うちは田舎の貧乏子爵だから同じ子爵といったって王都でも一目置かれているニコールのうちとは雲泥の差なんだけどね。勉強だって頑張ったつもりだったけれど真ん中より上位にはいけなかったし。ニコールは全体で二位だなんて凄いわね!」
エリーゼは屈託なくそう言って笑った。田舎の貧乏貴族というのは謙遜で、エリーゼの実家は王都から離れている場所にあるのは間違いないが堅実な領地経営をしている優良貴族だ。
「勉強は私も頑張ったのだけれど、成績の件はこれからのほうが大切ですもの。これから一緒に頑張りましょうね」
勉強に関してはかなり頑張ったので本当は素直に嬉しい。でも、たった一度の試験の結果など大した意味はないと思っているのも事実だ。重要なのは試験勉強ができることではなくて領地をより良く経営していくための力があるかということなのだから。
家のことは、これは少し困った点もあるのではないかと考えている。
祖父のおかげでうちは子爵とはいえ財力や影響力で言うと並みの伯爵家よりも上であることは知っていた。
最近では伯爵家でも厳しい財政状態に置かれている家もちらほらあるようだし、姻戚関係や伝手のあるなしによっては夜会などでも勢いのある子爵家のほうが優遇されることだってあるというからそのあたりのことをエリーゼは言っているのだろう。
これは私にとって強みでもあり弱みにもなるのではないか。
クラスの女性の中には侯爵令嬢が一人、伯爵令嬢が三人、子爵令嬢が三人となっているが、跡取り娘はそのうちの四人で侯爵令嬢のクリスティーナ様、伯爵令嬢のマーガレット様、子爵令嬢の私とエリーゼだ。
ただ、マーガレット様のご実家を含めて伯爵家について言えば、正直あまりパッとしないと言っては申し訳ないのだが、爵位は上になるが私やエリーゼの家のほうが実質的には彼女たちの家よりも安定しているだろう。
そういったことを気にせずにいられるようなら良いのだが。
それから、今の時点で気になるのは有力侯爵家のクリスティーナ様ですら入試の時の成績がエリーゼよりも下であることだ。
入試の成績は実務能力とは違うとはいえ、席順によって成績があからさまになっている現状では少し気まずいものがあるのも確かだった。
また、このクラスで一番爵位が高く、一番優秀で目だって麗しい容姿をした公爵家の令息が私の前の席―――成績トップの人が座る位置にいて、私に話しかけてきたこともなんとなく気まずさを感じさせた。
「すごいね、君。バードやダグよりも入試の成績が上だったんだ」
公爵家の跡取りだというサミュエル様が感心したような声で言うと、私のすぐ後ろの席に座っていたバードと呼ばれた伯爵家子息やそのさらに後ろから顔を出しているダグと呼ばれた侯爵子息が上位貴族らしく笑顔を見せていたがどことなく悔しそうにしているのがわかった。
「ありがとうございます」
私は幼い頃から両親や祖父の顔色を伺う生活をしてきているので人の心情を気にしすぎるきらいがある。もっとおおらかにいられればいいのだが、こういう場合、どうしても周りの人が何を考えているのか考えてしまうのだ。
今で言うと、努力したことを褒められるのは単純に嬉しいが、成績の話を後ろの二人の前でするのは止めてもらいたかったし、気安く私にはなしかけてほしくはなかった。
このクラスというかこの学年は有力な公爵家の嫡男であるサミュエル様が中心になることが初めから決まっていたようなものだ。そこに侯爵家の次男のダグラス様や伯爵家の長男バーナード様、女性では侯爵家のクリスティーヌ様が纏め役といったところか。
サミュエル様から話しかけられることは名誉なことではあるし、心の中の小さな声としては普通なら言葉を交わすこともできないような上位貴族の子息とクラスメイトになって、まるで友人にでもなったように言葉を交わせるかもしれない状況を単純に喜ぶ気持ちがないわけではなかったが、クリスティーナ様と友人たち二人が特に鋭い目つきでこちらを見ているのに気づいてどぎまぎする。
彼女たちにとっては他の女性は数少ない仲間となるものではなく敵であるという気持ちがあるのではないかと邪推したくなるような鋭い視線。邪魔者だと認定されたらただじゃすまない感じ。
勉強ができることや有力な貴族とのつながりを得ること、そういうことだけでなく、婚姻前の貴族女性なら当然考えるであろうより良い相手を伴侶として得たいという欲求。
色々なものが混ざり合った値踏みするような、どちらかというとあまり好意的には見えない視線に思えた。
またも周りを気にし過ぎの思い過ごしであればいいのだけれど、こういう予感は当たってしまうことがあるものだ。
私としては数少ない女性徒とは友人になれないとしても無用な軋轢は生みたくない。
特にこちらの与り知らぬ無用な嫉妬は受けたくなかった。
だから私は貴女方の邪魔をするような人間じゃありません、全然、全く、そんなことはありませんからねという気持ちを表すためにそそくさと彼らとの会話を打ち切って手元の教科書や時間割なんかを眺めるふりをする。
努力した結果である成績のことなら多少は相手になるが、それ以外のことは無難にやり過ごしたいというのが本音だ。
漠然と考えていた楽しい学院生活というよりちょっとだけ難しい舵取りを要求されそうな気配があるにはあるけれど、とにかく、少しでも学院生活を有意義なものにしたい。
そのためには友人選びや他の女性徒との関わり方は重要だと改めて気を引き締めた。