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虹を超えて  作者: 夜宮
第一章 出逢い
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01 憂鬱な時間

 前菜、スープ、肉料理に魚料理、サラダとパンそれからデザートへ……。


 使用人が動き回る微かな音とカトラリーを使う音。微かな咀嚼音。


 今日も今日とて家族で囲む会話のない静かな夕食のひと時だ。


 物心ついたときからこんな感じだから慣れたものだとはいえ、実際にその時間をすごすことになる食事の最中はやはり憂鬱にならずにはいられない。


 いたいけな幼子だった頃の私はこの重苦しい雰囲気をなんとか楽し気なものにしようと奮闘した事もあったのだが、今となってはそんな無駄で無意味な事はしないだけの分別がついている。


 あーあ、せめて兄弟姉妹の一人でもいたならここまで退屈で居たたまれないような場でも何かしら楽しみようもあっただろうに、と思いながら素晴らしい味付けの肉料理を味わうことに集中する。


 料理自体は素材もよく美味しいのだから文句はないのだけど、毎回毎回こうやって皆で黙って食べるだけなら時間をずらして一人で食べるほうがはるかに良い。両親だってきっとそう思っているに違いない。


 しかし、この家で決定権を持つのはテーブルの一番上座に座る祖父だ。


 その祖父が夕食は皆でそろって食べるのだといえば私達親子三人はそうするしかない。


 祖父は早くに祖母を亡くしてからというもの再婚もせずに二人の娘を育て上げたのだが、不幸にも、家を出て隣国で暮らしていたという上の娘までもを若くして亡くしている。


 そういう事情もあってか、現状では四人の中で祖父だけが家族というものに拘りをもっているのかもしれないが……残念ながら、祖父の望んでいるだろう暖かい家庭の姿というものはここにはなかった。


 家庭生活についてはそういったこともあって恵まれていたとはいえないが、祖父は子爵としては若いころからかなり優秀であったようで、領地経営や関連する事業投資にも成功した羽振りの良い貴族である。だからこそ今でも名実ともに子爵家の主として君臨しているのだ。


 財政的な苦労をしないどころかとても恵まれた環境においてもらっているということは祖父に感謝しなければならないと思う。


 祖父の次女である母は祖母譲りだという淡い金髪に水色の目という全体的に色素が薄いところが儚げな印象を与える中々の美人であるけれど、いかんせん沈みがちなところがあるというか、まわりの人間のことを気にせず内に籠っているというか、とにかくこの母の気鬱な感じが私達家族の雰囲気を暗いものにしている主な理由であるのは間違いない。


 幼い頃に母親を亡くした後に、慕っていた姉も亡くしたことが母にとっては相当辛いことであったらしい。


 父はというと祖父の姉が嫁いだ伯爵家からの紹介で政略結婚して入り婿になった人だからか、はたまた美しい母への満たされない愛ゆえなのか知らないが、とにかくいつでもどこでも母の機嫌だけを気にしているような人だ。どうせなら、母の気鬱を解消できるくらいきちんと機嫌を取ってくれればいいようなものだが、実際にはどこか諦めているようなところがあるのだから困る。


 どうせ母の機嫌を取ることもできないのであれば、母の事だけでなくもう少し積極的に子爵家のことを考えたり、跡取りでもある一人娘を気遣ったりしてほしいというのが父を見て思うことだが、私だけではなく祖父も父にそういったことを望むのを諦めているようだった。


 とはいえ今でこそ冷静にそう考えられるようになったが、幼い頃から父の関心は常に母にのみ向けられているのだということを認めるまでは辛い気持ちになったものだ。


 当然ながら母は自分の境遇を嘆くことで手一杯といった様子で私のことに思いを寄せる機会はほとんどなかった。こちらも、母親としても女主人としても私が望んで得られるものは何もないのだと諦めるまでは辛かった。


 三人の中では祖父は一番私に関心を持ってくれているが、祖父が私に向けるものは愛情というよりもどちらかと言うと未来の子爵位継承者であることのほうに重点を置いているみたいに思える、といったら穿ち過ぎだろうか。


 それでも、父や母に比べれば、はるかに祖父は私にとって家族らしい人ではある。


 ともかく、父母にそっぽを向かれている捻くれた子供である私にとって、愛情はあるのだろうが不器用なのかなんなのかこれでもかと厳しく躾けてくる祖父が一番身近な家族であるという環境が私に、家族って何だろう? というような気持ちを抱かせたのち、よくわからないけどもうそんなことを考えるのはよそう、どうでもいいや、私は私で彼らとは関係なく生きていきますと開き直るに至ったのは仕方のないことだろう。


 本来ならばもっと悪い方向へ向かってもおかしくなかった。


 しかし、私はかなり真っすぐに、まともに育ったほうだろうと思う。


 親の愛情を求めて泣き叫んだり、厳しい祖父に反抗したり、我儘を言いまくって世の中を恨んで自暴自棄になったりという黒歴史はかなり幼い時期に卒業して、その後はなるべく自立した考え方ができるようにと努力してきた成果だ。


 誰も気にもしてないだろうから自分で自分を褒めるしかないわけだが、決定的な破綻を招く前に家族関係には早々に見切りをつけて、自分の人生について前向きに考えられるようになったことはある意味で悲しいことだが私にとってはとても良いことだった。


 見方によっては私はとても恵まれている。


 裕福な貴族に生れ、何不自由なく育ててもらっているわけだし、細やかな愛情といったようなものとは無縁だが祖父からも両親からも必要なことはしてもらっているのだから。


 そして、もうすぐ私は念願の学生になることになっているから、この憂鬱な夕食の時間からも解放される! と思うと嬉しい。


 たった二年のこととはいえ、家を離れて自由になれると思うと心が踊る。


 学校に行かせてくれるようにと幾度となく祖父に頼み込んでようやっともらった機会だが、私はこれを単純に卒業までの二年間の自由として終わらせるつもりはなかった。


 本当は必要なことは祖父が教えてくれるだろうからあえて学校へ行く必要はないのだけれど、そこは上手く学校へ行くことの利点を挙げたり、熱意を語ったりしてなんとか祖父を納得させたわけだけど、この二年間を私なりに充実した将来につながるようなものにしていきたいという気持ちは本物だ。


 私の野望としては、学校を出て成人した私はそのまま王都で何かしら実りのあることに時間を費やす、つまり卒業後は一人で王都の屋敷でのびのびと暮らしたいと考えている。祖父や父が王都にくることはあっても、期間限定ならば我慢できるというものだ。


 そもそも、普通ならばもっと私も王都の屋敷で過ごす時間があったはずなのに、我が家の場合は基本的には祖父と偶に父が祖父のお供をして王都と領地との間を行き来しているだけで母と私はこれまで領地でほとんどの時間を暮らしていた。


 領地のことは好きだし、祖父から学べることはこれからもきちんと学ぶつもりだが、私はもっと広い世界を知りたい。これまでのように領地に隠るのではなく、色々な人と交流をしたり協力して何かを成し遂げるようなこともしてみたいし、王都で楽しく暮らしたい。


 何れは領地に戻ってこの場所のために過ごすことになるにしても、今はそれだけでは物足りないのだ。


 数日後には晴れて私は王立学院の一員だ。これからはここでの憂鬱な生活とはおさらばしてまずは解放された気分で楽しい時を目いっぱい楽しむつもり。


 あーあ、早く、その日がくればいいなと頭の中でぼやきながら最後のデザートまでのお付き合いを果たした。

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