祖父の葬儀
私はその時祖父の隣にいた。
箱の中に入った祖父の隣にいた。
前には見知らぬ霊柩車のハンドルを握る運転手と助手席に私の母。
私は祖父が亡くなった事に悲しみつつも、何処か冷静だった。
祖父の亡くなった日が新月に火星が重なる日だったからだ。
新月は物事の始まりを意味する。
そして火星は祖父の守護星だった。
最近度々気絶する事の有った祖父は古い身体を手放し、新しい役割を全うすべく旅立ったのだろう。
「あの、道が違いませんか?そっちだと時間がかかりますよ?」
「時間とか指定されていないんで。」
ぼんやり非現実的な推測をし、祖父の死に納得しようとしている私の耳に、運転手と母の会話が聞えて来た。
運転手は如何にも真面目そうで硬い顔をしている。
背も高く声を出すとそれだけで他に反論が出来なくなるようなそういう声だった。
間々あって何度か母が同じ事を言ったが、また運転手も同じ様に切り返した。
視線も何も介さずに。
「ああ、もういいですよ!」
母がぷいっと顔を横に避けた。
私は黙っていた。
祖父の入った棺に手を当てたまま、前方を眺めていた。
凄く時間がかかって葬式場についた。
着くと、知らない人達が立っていた。
祖父の友人や祖父にお世話になった人達だ。
「ちょっと、良いですか?」
やめなさい。と母に止められたけど、やめなさいと言いながら私には母が私が何かしでかすのを待ってる様に思えた。
そうやって自分の手を汚したくないのなら、私は喜んで汚れてやろうと思った。
だってそうせずにはいられないのなら。
私は車を降りた運転手の前に立った。
私は理路整然と話すつもりだったのに、怒りで何を話したか分からない程、支離滅裂に叫んでいた。
ただ、運転手が大人しくしていた私が、幼顔で背の低い私が自分に喰ってかかるのに、心底驚いて、目を丸くし、私が声を上げると頭を反射的に下げたのは正直面白かった。
「アンタみたいな人がいるから下が育たないんだよ!」
ちょっとそれは怒りが違う方向に言ってるだろうと、怒って叫んでる自分を笑ってる自分が自分の中にいた。
私を知らない私の祖父の知人たちが驚いて私を見ていた。
最初で最後であろう祖父の知人たちに自分の感情的で哀れな醜態をさらしてしまい、恥ずかしく思った。
私は葬儀場に運ばれる祖父の棺桶に一番について行った。
母が私の背中に泣きながら抱き着いて来たけど、怒りでいっぱいで振り切ってしまった。
まるで将軍の様に勇い足で廊下を進む私に後に他の葬列者たちが続いた。
祖父の棺桶は葬式場に持ってこられて数分とせずに火の中に押しやられた。
「あれ?兄さんとリク君は?…やだ!!」
母が叫んだ。
横にいた葬儀場の従業員がそれを聞いて、愛想笑いで腰を低く屈めた。
「お声がけは、ご家族でしていただいてるんで~」
で~、の後に続くであろう。”こっちの責任じゃない”の意図に酷く憤怒した。
私が怒りをこれ以上表に出さない為にだんまりを決め込んでいると、従業員の後ろから、普段使いではないであろう、光沢のあるスーツを来た私の叔父と母の従弟が困惑した顔でやって来た。
その後、タクシー運転手に時間の事はちゃんと伝えていた。こちらの落ち度ではありませんと、何度も、何度も祖父が親されてる間の食事中に従業員が訴えてきた。
若いのにこんな立ち場になって可哀想だと思いながら、蹴とばしてやりたくて仕方なかった。
どうして「全てこちらの責任です。申し訳ありませんでした。」と、一人でも言える人間がここにいないのだろうか。
勿論、親族にも腹が立った。
どうしてこんなとこ選んだのかと。
こんな平日にすぐ燃やすのでなくちゃんと式場を探すべきだったと感じた。
だけれども、遺体の安置にもお金はかかるし、腐敗の不安に押されるまま、此処を選んだのだろうなと容易く想像できた。
タクシー代はタダになったけど、どうせなら全額タダにして欲しかった。
運転手が直々に謝りたいと言ったが、また反省のふりをした責任転嫁の言葉を我慢して理解あるふりをしながら聞かなければいけない気がして、ご遠慮願った。
『パパはさっさと燃やされたかったんだよね。』
私は灰になった祖父に心の中でそう声をかけた。
祖父は私たちに、自分を”おじいちゃん”でなく”パパ”と呼ぶように教えた。
試しに冗談で「おじいちゃん」と私が読んだら心底悲しそうな顔をして黙り込んだのを今も覚えている。
私が祖父に借りたお金を返せないまま祖父はいってしまった。
人生は理不尽だ。
でもその理不尽の中でも祖父は自分の人生を全うし、また新しい人生に赴いたのだと私は思う。
私は気に入らないその場を壊さずには居られない。
予定調和で辻褄合わせの嘘の合理主義が許せない。
善意を当てにした公私混合のサービス残業を許せない。
昔からそうだった、だから人に嫌われて来たし、ひかれてきた。
他者の言いたい事を肩代わりさせえられ、その上でその他者に攻撃されてきた。
どんなにそれで損をさせられたか分からい。
だけど私はそういう自分をも大事に思うし、それが私が生れてきた上での役割なら、悪役だろうと我がままなクレーマーだろうと、孤独な女だろうと、その役を真っ当しようと思う。
私の役がこの手狭な世界の舞台上でどんな役割だろうとだろうと、今ここに立っているのは確かに私自身だ。
前にも似たようなの書いたかも知れません(●´ω`●)