第8話 エネルギーの黄昏 人類のエネルギー探しは、木から始まり、数億年前の石油石炭へ、そして数十億年以上前の原子力へと、過去に向かってゆくものでした。そしてその先に待ち受けるものは
太陽は東から上がり西に沈む、この世の全ては、そうした大きな動き・流れが終わるとき黄昏がやっくる。
人類のエネルギー探しの旅も過去に遡ってゆくという流れを辿ってきました。
人類は最初に、草木というエネルギー=火を手にしました。
この時こそが、エネルギーを探し発掘するという人間の活動の始まりでした。
草は1年で枯れ、木の多くは数百年前程度を生きる。
つまり、草木のエネルギーはおおよそ最近百年分程度の太陽エネルギーの缶詰です。
人類はその太陽エネルギーの缶詰を利用して、文明を築きました。そして人類はそのエネルギーの缶詰をあっという間に食べ尽くしてしまい、至る所にハゲ山を作りました。
草木というエネルギーを使い尽くした人類はやがて石炭や石油という、草木よりもずっとずっと古いエネルギーを掘り出しました。エネルギーを探し発掘するという人間の活動は、より古い時代に作られたエネルギーを探し当てたのです。
石炭や石油は数万年から数億年前に貯められた太陽エネルギーの缶詰です。
そして人類はその数億年分の太陽エネルギーの缶詰をわずか数百年で堀りつくす勢いで食べています。
石炭や石油という、太陽のエネルギーが数億年分も詰まった缶詰を得たのに、それでも飽き足らない人類は、石油石炭よりもずっとずっと古いエネルギー、核分裂というエネルギーまで掘り出してしまいました。核分裂エネルギーは46億年から130数億年前の、他の太陽の破滅により生まれたエネルギーの缶詰です。
今までは古いとは言っても自らの太陽が作ってくれたエネルギーでしたが、核分裂エネルギーはそうではありません。
遠い過去に爆発して消えてしまった他の太陽のエネルギーという、今までとは次元が違うエネルギーです。その事だけでも人類の手に負えるものだとは思えません。
さて、今までのエネルギー探しの旅・発掘は過去にさかのぼっていくものでしたが、いまや、過去ではなく今降り注いでいる太陽エネルギーだけで生きて行ける力を人類は手にしました。
あちこちに降り注いでいる今現在の太陽の光や熱や風や波や雨水のエネルギーを集めれば生きて行ける力を。
それなのに人類は、核分裂エネルギーだけでは飽き足らずに、核分裂エネルギーよりもさらに古い核融合という宇宙創世の時に生まれたエネルギー、これ以上は時を遡ることが出来ない、最後の最終のエネルギーを手に入れようとしています。
現在降り注いでいる太陽エネルギーだけで生きてゆけるようになったというのに、時間をさかのぼって新たなエネルギーを掘り出すという大きな流れの終着点に至ろうとしています。
太陽は東から上がり西に沈む、この世の全ては、そうした大きな動き・流れが終わるとき黄昏がやってきます。大きな流れの終着点に至った時、それは黄昏に至る・終わりに至るということです。
エネルギーを探すという長い旅の果てに、宇宙創世の時に生まれたエネルギー、これ以上は時を遡ることが出来ない、最後の最終のエネルギーを手に入れようとしている。
そんな人類の姿は、黄昏の中に沈んで行く者のように見えるのです。
次回は「第9話 キリスト教文化の黄昏 キリスト教とその文化が黄昏の時を迎えている」を投稿します。
キリスト教は十字軍による異教徒虐殺・植民地収奪と奴隷化、同じ神を崇めているユダヤ教・イスラム教との近親憎悪のような殺し合いと、多くの負の面を生じさせつつ、産業や経済の発展に大きく貢献してきたこともまた事実です。ですがキリスト教と、その文化は「西へ向かう」という流れが潰え、いま黄昏の時を迎えています。