おじさんとゲーム
◇◇◇
「おじさーん! あーそーぼ!」
帰りの会が終わるなり、教室をスタートダッシュ!
小学校からの帰り道をまっしぐらの一直線!
今日も今日とて、私はおじさんの部屋を侵略する。
私の声とノックに、おじさんはいつものように片目をつぶりながら、扉を開けて、困ったように言う。
「こらこら、メイちゃんまた、遊びに来たのかい?」
「また遊びに来ましたー!」
私は、くるくる踊りながら部屋に入る。
いつもソファで寝ている黒猫のミイが、あくびをして、迷惑そうに私を見ると、ぷいと扉から出ていく。
そうするとおじさんは、宝物庫の扉を閉めて、タピオカジュースを ん、と私の前に差し出す。
やったね、今日は大当たり!
直前まで部屋の冷蔵庫に入れられていて、冷んやりしてるタピオカ!おいしー!
「こらこらメイちゃん、そんなに急いで飲むんじゃない、胃がビックリしちゃうだろ?」
「おじさん、口ではこらこら言うけど、身体は正直だよね、」
明らかに事前に用意されていたであろうジュースをちゅーって吸いながら私がそう言うと、おじさんは、ゴホゴホむせて、背中を丸めながら訊ねてきた。
「……そういうのどこで覚えてくるんだ?」
「おじさんの漫画ー」
昨日貸してもらったものをランドセルから取り出して、おじさんに返却する。
「おじさんにも半分あげるね、」
タピオカジュースを机の上に置いてソファに座りなおす。おじさんの隣にぴったりはりついて、2人で1つのジュースを分け合って飲む。
少し広い部屋の壁は黒壇の本棚に囲まれている。本の背表紙に浮かぶ白い文字が、まるで夜空の銀河みたいだ。
天井は、隙間なく壁紙が貼られていて、春の星座が輝いている。
真ん中にある大きなまるい電球は、お月さまのカバーがかかっていて、ちょっぴりオシャレ。
ワックスのかけられた黒い木の床には、大人が眠れるくらい大きな茶色のソファが1つあって、その前にはキャスターのついた机とテレビとゲーム機。
そして今日は、プトレマイオス著の『アルマゲスト』が置かれていた。
「あまーい!」
全力疾走で渇いたのどに、タピオカジュースが染み込んでいく。
おじさんのお部屋は、まるで世界に2人きりになったみたいな気分になれるから好き。
うっひょー、これはもう完全におうちデートだね。
でも、むせこみから回復し眼鏡を指で持ち上げたおじさんは、私を見て思い切り渋い顔をしていた。
黒のワイシャツ袖が、デニム・ジーンズのポケットに突っ込まれてる。
あれれ、怒ってるのかな?
「……今度から、メイちゃんに貸す漫画はおじさんが選んだ方がいいのかもしれんな、」
やだー!
しかし私の鋭いサーチアイは、すでに新しい漫画がテーブルの下にあるのを見つけていた。
素早くGET!
それを見てため息をつくおじさん。
でも、おじさんは決して止めようとはしなかった。
「やっぱりおじさんの身体は正直ー、」
「……それ、お父さんたちや、学校の先生の前では絶対言わないようにするんだぞ?」
「はいはい。」
「……はいは一回!」
「はーい♡」
やっぱり、私はおじさん、だーい好き!
◇◇◇
ジュースを飲んで一息ついたので、パープルのランドセルを脱いで床に置く。
んーっと手を上にあげて伸びをする。
「で、おじさん! 今日は何して遊ぶ?……ってあれ?」
いつも落ち着いてるおじさんだけど、今日は珍しく、ほんとにちょっとだけ気分がよさそうだ。
思えば、最初からタピオカジュースを用意してるのも、変。顔しかめてたのも、もしかしたら照れ隠しだったのかな?
「おじさん、なんか良いことあった?」
「……メイちゃんは鋭いな、」
おじさんは片目をつぶり、ポケットからスマホを出して、私に教えてくれた。
「さっきマリーカで、日本ナンバー1を決定する全国大会:『ミンテンドー・カップ』の開催が、発表されたんだ」
「えっ! すごい!」
マリーカート、通称「マリーカ」は、世界で1番売れているレースゲームだ。
主人公の女の子:マリーが仲間と一緒に、いろんなコースを3周走って、速さを競いあう。
コース上には、レース展開を有利にできるアイテムがGETできる「アイテムボックス」が置かれている。
そして、このアイテムボックスから手に入るアイテムは、ランダムで決定される。
つまり、各プレイヤーのドライビング・テクニックに加えて、運にも大きく、勝敗を左右されるゲームなのだ。
たとえ上級者や大人でも、初心者や子供相手に油断をしていると、あっという間にボコられて最下位になってしまう!
そこがスリリングで面白く、最近では、E-Sport'sとして、オリンピック種目にも検討されているくらい、マリーカは世界中で超有名なゲームなのだ!
「……開催は1か月後で、1位はなんと賞金1000万がもらえるらしい」
「そんなのもう、今日はマリーカに決定じゃん!」
私の言葉におじさんは、笑って。
ほらここ、家が古くて床が抜けているんだ、といつものように、秘密の隠し場所から、予備のコントローラーをひっぱり出してきた。
「ィヤッピ――ッ!」
ゲームを起動すると、赤い帽子にオーバーオールを着た女の子が、甲高い声で叫びながら、レーシングカートに勢いよく乗り込むアニメが表示される。
おじさんは、ぽちぽちボタンを押して、排気量50㏄を選択する。
主人公:マリーがバンザイして叫ぶ。
――マリカ便秘!
「これいつも便秘って言ってるね、レース中におなか大丈夫なのかな?」
「……これは早口で『グランプリ』って言ってるんだ」
「そうなんだー、最下位の人は、お漏らししちゃうのかと思ってた」
E-Sport'sだしオリンピックだし国際人なんだね、と続け、ソファに座る叔父さんの両足の間に、自分の体をねじ込ませる。
「……メイちゃん、ちょっと近くないか?」
「だって、画面が小さくてよく見えないんだもーん」
――エビ食おう!
マリーが叫んで、画面に、インターネット通信の設定画面が表示される。
「消化に悪そうだね」
「これはHere we goって言ってる、……それでメイちゃん、ネット対戦のアカウント名はどうする?」
私はマリーちゃんのように甲高い声で叫んだ。
これっぽっちも考えなかった。
「オジスキぃ――っ!」
◇◇◇
「あっ! アイテム取れなかった!」
「今のはブレーキングに失敗したな、指の反応が一瞬遅かった、バナナ、イン側に置いておくぞ」
「やだー、あそこバナナの海出来てる~」
「砂利道の方を走れ、連続転がりは大幅タイムロスだぞ」
「これ曲がるとき体、傾けちゃうね」
などと、しばらく楽しくプレイしていたのだが、ふと、おじさんが片目をつむり、つぶやいた。
「……なんか部屋の空気が悪いな」
レース後。
マリーカでは、地球を模した広場に、同じレースで遊んでいたプレイヤーのアバターたちが表示される。
アバターたちは自動でおしゃべりしたり、準備運動したり、挨拶したり、ワイワイと楽しんでいる。わきあいあいとした雰囲気だ。
しかし、アカウント名が表示されると、叔父さんの言う通り、とたんに場は緊迫した。
ひとりのプレイヤーが、画面に向かって、にこやかに手を振っている。
【おまえらざこすぎww】
さっきのレースで、ピンクゴールド姫を使っていたプレイヤーだ。
マリーカは、子供むけのゲームだ。
なので安全面での配慮から、ネット対戦でも、定型文でしか言葉のやりとりは、できないようになっている。
しかし、10文字だけ設定できる「お名前欄」を、レース待機時間に高速で書き換えることにより、広場で、疑似的に会話を行うことが、可能なのである。
「あ! このピンクゴールド姫の人、さっきも攻撃アイテム2回当ててきた人!」
私は抗議した。
おじさんも片目をつぶる。
「うーむ、しかしブロックするほどでもないし、ハイライト見る限り違法ツールも使ってない、通報も難しい、」
「くやしー! これ違反にならないの?」
「ゲームを長くプレイしていれば、こういうことも[ありえなくはない]、というレベルの嫌がらせだが……、」
おじさんも攻撃を連続で何回も当てられており、唸っていた。
「いかんせん、マナーが非常に悪いな、」
「とりあえず、もう一回やってみて、それでダメなら、遊び部屋を変えよう」
「そだね、」
顔も見えないやつのことなんて、気にしてもしょうがない。
おじさんの提案に、私も賛成し、もう一回、私たちはゲームをやることにした。
選択候補は4つあったが、せーので指を差したのは同じものだった。私たちは声を出さずに笑い合った。
10、9、8……
カウントが表示されて、同じレースで遊んでいたプレイヤーたちも、続々とコースを選択していく。
ぱらりら、ぱらりら、ぱらりら、ぱらりらー。
軽快な音とともに、一部のプレイヤーが連続して有利にならないように、ランダムスロットが始まる。
ぴんぴんぴんぴん!
選ばれたのは、私と叔父さんが同時に指さしたコースだった。
私たちは、同時にガッツポーズした。
「これ綺麗だね」
「ほんと綺麗だな」
暗い宇宙空間に浮かぶ幻想的な、虹の道路!
そして、流星のシャワーを浴びて輝くキャラクター達のデモムービーが流される。
レインボー道路だ!
「えへへー、ここ得意なコースなんだ!」
「幸先いいぞ、ヤツの目にものを見せてやれ」
ここは、反重力空間が多く、先行逃げ切りが有利なコース!
「メイちゃんは先に行け! おじさんはヤツを見張る!」
「がってん承知の助!」
私はいっきにスタートダッシュを成功させる。
このコースは、ガードレールがないため、すぐにコースアウト落下してしまうのだが……、私には、さっきおじさんからもらったアドバイスがある!
指の反応を一瞬早く押し、ブレーキングを成功!
アイテムボックスをゲット!
「ナイス! 対応早い」
ボックスが、ぱりんと割れて中からアイテムが飛び出してくる!
「やたっ! 防御アイテム!」
「ナイス! ナイス! 上位勢相手に、初手でこれは大きい!」
おじさんは、ちょっとしたことでもすぐにほめてくれるから、一緒にやるゲームが気持ちがよいし、楽しい。
「あっ!やっぱり来た!」
後続車両からの攻撃!
追尾してくる赤ミサイルが飛んできた!
が、当然、私はアイテムで、防御する!
ぼんっ!
防御アイテムが爆発して失われる。
しかし、その時にはもうすでに、私は次のアイテムボックス設置地点を通過していた。
「ナイスナイス! アド取ってるぞ」
1周目、2周目と、いいアイテムも連続で手に入る。
先頭を蹴落とす攻撃アイテムをことごとく無力化!
防御を3回も成功させ、最終ラップの中盤で、独走の一位!
「いいぞいいぞ! 勝てる勝てる!」
さっきのピンクゴールド姫はオレが見張っているから大丈夫だと、おじさんは言った。
主人公のカートの右横に表示されているコース表にも、マリーちゃんは、2位以下と大きく差をつけていることが表示されていた。
私も、もう勝ったつもりで、ウイニングランを決めようとしたが……次の瞬間!
「すまん! 被弾!」
あわわわわわわわわぁ~!
おじさんの使っていた丸鼻のグリーン恐竜が、両手を上にあげてくるくる回転しながら停車してしまった。
別のプレイヤーに、防御不能の火炎放射アタックをしかけられたのだ!
その場にまき散らされた速度上昇コインを、後ろから来たピンクゴールド姫がかすめとっていく!
そして同時に、攻撃アイテムを連続で使用。
私のカートに、追尾効果を持つ赤いミサイルのアイテムが、3つも同時に襲い掛かってくる!
「あわわわわわわわっ!」
マリーちゃんが、両手を天に振り回して、カートごと、すっころがった。
4位!
後続に次々と、追い抜かれてしまう!
「まだだ! メイちゃんあきらめるな! まだ上位を狙える!」
おじさんが転倒から立て直して走り出すも、すでに現場は混戦状態で、6位から9位の攻撃アイテム連打ゾーンに巻き込まれており、手が離せない。
そうこうしている間に、ピンクゴールド姫がクラクション鳴らしながら近づいてきて、また曲がり角で私にタックルを仕掛けてきた!
マリーちゃんは、弾かれてすべってしまう!
キャラ設定での体重が軽いので、重いキャラに激突されるとバッドステータスを食らってしまうのだ!
そして、レインボー道路は、ガードレールがないため、すぐにコースアウト落下してしまう!
「オービューティホー!」
体重の重いピンクゴールド姫が、憎たらしく笑って去っていく。
7位!
釣り竿をもち、空を飛んでいるお助けキャラに、釣り上げられてコースに復帰するマリーちゃん。
しかし、そこに、別の後続からの攻撃が被弾!
「あわわわわわわわっ!」
釣り上げられたばかりのマリーちゃんが、両手を天に振り回して、カートごと、「前に」すっころがった。
9位!
「あっ! そこは!」
何度も言うけど、レインボー道路は、ガードレールがないため、すぐにコースアウト落下してしまう!
運悪く、転がった先で、またもコースアウト!
「マンマミーア……」
釣り竿をもち、空を飛んでいるお助けキャラに、釣り上げられてコースに復帰するマリーちゃん。
その時にはもう、私は、途中で転んでいたおじさんにも追い抜かれてしまっていた。
とうとう最下位……
しかし、「あの」ピンクゴールド姫は、なぜかゴール直前でブレーキを踏んで停車していた!
「?」
なんと! 私にバックして体当たりしてきた!
マリーちゃんは体重が軽いので、弾かれてすべってしまう!
そして、またコースアウト!
しかし、それでもピンクゴールド姫は少し進んだだけで、なぜかゴールをしていない。
ゴールテープ直前で、ブレーキを踏んで停車している。まるで私を待っているかのようだ。
なので、私は、がんばってゴールまで進んだ。
しかし、次の瞬間。
プップー!
ピンクゴールド姫は、クラクションを鳴らして、先にゴールしてしまった。
私の画面には、
【順位が確定したので、レースを終了します】
の文字が出る。
12位。最下位だ。
画面の中では、マリーちゃんが、カートに乗ったままわんわん大泣きをしている。
順位表に表示された11位のプレイヤーネームは、【オジスキーよっわwww】というものだった。
そして、すぐさま、
【おじスキー、くさ】
とか、
【おじスキー、ざっこ】
とかが、表示される。
「……確定だ、これキッズだな」
一部始終を見ていたおじさんが、静かな声で言った。
レースゲームの最終ラップで、なおかつ順位が最下位で確定している状況のプレイヤーに対して、わざと停車!
しかも、クラクションであおってからゴールなんて、嫌がらせにもほどがある。
私は、ゲームのコントローラーを机に置いて、タピオカジュースを一口飲んだ。
「おじさん、私もうマリーカやめる、」
「ゲームで、こんなひどいイジワルされるんだったら、ぜんぜん楽しくないよ……」
顔を曇らせた私を見ておじさんは、コントローラを置いて、私の肩を抱き、頭を撫でてくれた。
「同意見だな、もう終わりにしよう。だが、その前に少しやることができた」
おじさんは、一度ソファから立ち上がって、窓を開け、部屋の換気を行った。
それから隅の冷蔵庫に行き、中からエナジードリンクを取り出し、いっきにあおる。そして、メガネを指で持ち上げ、袖まくり。
メガネが光って、おじさんの表情が見えなくなった。
「今度はおじさんも本気を出す。」
「メイちゃんは、もう一回だけ、普通にプレイしててくれ」
「じゃ、じゃあ、もう一回だけ、」
普段の柔和な雰囲気から一転、どう猛な大型肉食獣のようなおじさんの迫力に私がうなずくと、おじさんは、コントローラーを操作して、ワルイードという目つきの悪いやせた男キャラを選んだ。
そして、アカウント名を高速で編集して、オジスキーのおじというアカウント名を表示させる。
すかさず、向こうのネームも、【オジ、しばくwww】に変更される。
今度のコース選択では、カルビ城という、マグマが煮えたぎる鍋という、恐ろしげな雰囲気の会場に決まった。
ワルイードの顔が、溶岩の反射光で、赤く不気味に歪んでいる。
ぷ……ぷ……ぷ……、
ぷわわわわわわ――ん!
「ヒャハ→ハ→ハ→ハ→ハ→ハ↑ーッ!」
ワルイードが高らかに笑う!
ラッパが鳴ってレースがはじまると、おじさんが、即座に猛烈なスタートダッシュを決めたのだ。
ドン! ダムン!
ピンクゴールド姫を突き飛ばし、あっという間にトップに躍り出る。さっきまで私と遊んでいた時とは、まるでマシンの動きが違う!
どぼん!
ピンクゴールド姫は、突き飛ばされた勢いで、溶岩に突っ込みコースアウトしていた!
そのすきに、おじさんの操るワルイードは、即座にアイテムボックスを回収。そのうえでブレーキをかけて停車、わざわざ、バックした。
逆走注意のキャラが画面に出てきて、注意をしているが、おじさんはガン無視!
アイテムボックスの位置で、停車を続け、永遠にアイテムを引き続ける。
当然、後続につぎつぎと抜かれて、あっといいう間に、おじさんは中位に転落。
そこに、さっき突き飛ばされてコース転落していた【オジ、しばくwww】が遅れてやってっくる。
おじさんは、狙いすましていたかのように、すかさず攻撃アイテムを当てた。
「ノウノーウ!」
ピンクゴールド姫は、転がって、コインをまき散らす。
おじさんは停車したまま、アイテムボックスからまた攻撃アイテムを手に入れる。
即座に攻撃。
「ノウノーーーーウ!」
ピンクゴールド姫は、また転がって、コインをまき散らす。
攻撃を3回連続でヒットさせたにもかかわらず、おじさんはその場で停車したままだ。
また、アイテムボックスから攻撃アイテムを手に入れる。
間髪入れず、また攻撃!
もはやレースゲームではなく、アクションゲームだ。
「ノウノーーーーウ!」
ピンクゴールド姫は、転がって、コインをまき散らす。
一連のデスコンボを繰り返されて、相手も、ワルイードの明確な殺意に気付いたらしい。
あわてて、アイテムを使って防御しようとするも、おじさんの指の動きのほうが早かった。
「ノウノーーーーウ!」
攻撃を一瞬早く受けた、ピンクゴールド姫は、またはでに転がる。もうコインは出ない。
つまり持っている「速度上昇コイン」をすべて失ってしまい、ここから先は、もう最低のスピードしか出でなくなってしまったということだ。
「逃がさないぞ」
動きのにぶくなったピンクゴールド姫に、再び、おじさんの攻撃がヒットする。
プップーッ!
空クラクションが、むなしく鳴り響く。
「おー、悔しがってるくやしがってる」
すでにほかのカートは二週目に入っていた。
おじさんは、11位。ピンクゴールド姫は、12位。
おじさんは、完全に勝負を捨てていた。
「オラ、かかってこいよ、こんなもんか?」
しかし一周遅れのピンクゴールド姫は、ほかのカートにまぎれて進み、ワルイードの魔の手から逃れようとしている!
「させない」
おじさんは、即座に、無敵アイテムを使用すると、ワルイードの体がピカピカ黄金に輝きながら、軽快なリズムで音楽を鳴らし始める!
ダンダンなんか簡単になったん!
ダンダンなんか簡単になったん!
ダンダンなんか簡単になったん!
ダンダンなんか簡単になったん!
スピードアップしたおじさんはタックルして集団に追い付き、絶妙なコントロールで姫だけを転ばせた。
そのうえで、ブレーキをかけてその場にとどまり、硬直時間の終わった姫を、もう一度轢き倒す!
今度は、タックル時の入射角を調整して、壁際に追い詰め、コースアウトさせた!
まだ進もうとするピンクゴールド姫だったが、おじさんは先行して再び、アイテムボックスの前に陣取り、なんとコースを完全逆走で100メートルも移動!
再び連続で、攻撃アイテムを使用し、またも溶岩に叩き落としてコースアウトに追い込む!
おじさんの常軌を逸した珍走に、ほかのプレイヤーも、レースをやめて停車し、観察しだすものすら現れはじめた。
もうピンクゴールド姫は動かなかった。
「あきらめたな、こいつ」
動かない相手にも容赦なく、永遠と攻撃を当て続け、そうして。
レースが終了する。
ワルイードもピンクゴールド姫も、ゴール出来ずに、
【順位が確定したので、レースを終了します】
の表示が画面にでる。
私は、3位だった。
レース後に、アバターが広間に集まってくる。
ピンクゴールド姫のプレイヤーも、そこにはいた。
【ざけんな!】
おじさんは、高速で名前欄を編集する。
【かおまっか】
【なみだふけよ】
アバターが自動モーションで、地団駄踏んで暴れ出した!
どうやら向こうは相当怒っているようだ。
「よしよし気分もスッキリした、メイちゃんも最後に上位取れたし、今回はもうやめるか?」
おじさんは、そういったが、私は、面白いのでまだ続きをみたいといった。
【おじスキーゆるさん!】
名前が編集される。ピンクゴールド姫は、もう1レースやって、リベンジを望んでいるようだ。
こうなるとほかのプレイヤーも面白がって、名前欄を編集して、応援してくる。
【おじスキーがんばれ!】
【おじスキーすかっとした!】
【いいぞもっとやれ!】
などと、地球を模した広場の待機画面が、異様な盛り上がりを見せはじめる。
【もっかいやるぞ!】
おじさんは、そう相手に宣言して、次のレースも、攻撃を当てて当てて、当てまくった。
当然、相手も、おじさんと同じ戦略で殴りに来たが、おじさんのほうが指の反応速度とアイテム使用のタイミングがうまかったため、3分後にはやはり、おじさんは圧勝した。
相手のアバターは、やはり自動モーションで、地団駄踏んで暴れている。
「おじさん強い!」
【もっかいやるぞ!】
そうこう走っているうちに、最後には相手も、殴り合いではもう絶対におじさんに勝てないと悟り、まじめにレースを走るようになっていた。
真剣勝負で、私はやっぱり負けちゃったけど、今度はちゃんと、楽しかった。
「みんなで遊ぶのワクワクするね」
その場の全員とあいさつをして、アバター同士で握手をする。
わきあいあいと、ゲームは終わった。
「相手はキッズだって、わかってたからな、こういうやつは誰かにかまってもらいたいんだよ」
その証拠に、いつでもできるはずの部屋変えや、通信切断を、こいつはしてこなかっただろ?
と、片目をつぶるおじさん。
「なるほど! この人も、口ではいろいろ言うけど、身体は正直な人なんだね!」
私がそう言うと、おじさんは、またむせこんで笑った。
「こういう奴とは、一度ケンカしてから友達になると、もう決して無礼なプレイはしなくなるもんだ」
フレンド申請が届いたので、おじさんは片目を瞑って、承認する。
「メイー! 晩御飯できたわよ-!」
降りてきなさーいと、お母さんの呼ぶ声が一階から聞こえてくる。
同時に、最終レースのハイライトが、ゲーム画面に流される。
息をのむほど美しい、宇宙に浮かぶ虹色の道。
どこまでも続く長いその道を、流れ星に見守られながら、仲良く並んで走る2台のカート。
それは、私とおじさんの未来そのものみたいに思えた。
「今行くー!」
◇◇◇
それから一か月後。おじさんは、マリーカの大会に出て、惜しくも入賞を逃した。
「初手の押し出しブレーキングに失敗した」
「……ラグで見えない不運もあったが、終盤曲がり角の死角・高速スナイプに対応できなかった」
「E-Sport'sでは1位が全てだ、それ以外は路傍の石」
「自分の凡人さに絶望する」
「努力はいつも裏切る、俺たちはスタートラインすら自分で選べずに競争を強いられる」
「夢はあるのに、それを叶える力がない」
「やりたいことをできずに、何もせず、何も成し遂げられず俺の人生は無為に終わるのか、それに意味などあるのか? 俺は、特別になりたかったのに、今回も一番には、なれなかった」
学校から帰宅して宝物庫に行くと、おじさんは、私にはよくわからない難しい事を言っていた。
両足を開き、背中をソファに預け、両腕を背もたれの後ろに回して、顔を天井に向けている。
表情は見えない。
でも、机の上には、明らかに事前に用意されていたであろうヒンヤリしてるジュースが置かれている。
手にとってちゅーって吸うと、今日のジュースはコーヒーゼリーだとわかった。
ちょっと苦くて、大人の味。
でも、甘くないからと言って、決して外れなんかじゃあない。
「……メイちゃんごめん、おじさんは勝てなかった」
私は、おじさんの悲しげな声を大きな声で笑い飛ばした。
そして、よく冷えたコーヒーゼリーを ん、と半分残しておじさんに差し出しす。
「おじさんおめでとーっ! おじさん世界1位っ!」
「……いや、だからおじさんは、国内4位だったんだよ、」
おじさんは恥ずかしそうに背中を丸めていたけど、私は縮こまったその肩に手を回す。
「私にとって、おじさんは世界一だからいいの!」
私はランドセル背負ったままおじさんに、ぴったりとくっつく。
いつもソファで寝ている黒猫のミイが、あくびをして、迷惑そうに私を見ると、ぷいと窓から出ていく。
あのね、とおじさんの耳元で話す。
「私が好きなのは、ゲームつよつよで1位のおじさんじゃなくって、喉乾いてる私にいつもジュースを用意しててくれる優しいおじさんの方なの!」
E-Sport's実況者なんて、しょっちゅう、女の子に意地悪して炎上してるじゃん!
くるくる踊りながらソファから立ち上がる。
顔も見えないやつのことなんて、気にしてもしょうがないって、前、おじさん自身が言ってた。
歩いて会いにいくには、距離が遠すぎる人たちに負けたところで、それがなんだと言うのだ。
ネットで顔も知らない人に負けるのは、悔しい。
けど、息のかかる距離で仲良しの人に負けたら、大声で笑っちゃう。
大切な人が目の前に一緒にいて、息づかいや、体温を感じながらゲームができる幸せ。
それらは、息をのむほど、素晴らしい!
「優勝おめでとう! それでは、賞品の進呈ですっ!」
学校帰りにとってきた一輪の花を、ランドセルから取り出し、給食の牛乳瓶に入れる。
結果を聞く前から用意していた一等賞を部屋の窓に飾り、私は笑いながら言った。
「さーておじさん! 今日は何して遊ぶ?」
ゲーム機のフレンド画面には、新しい名前が光ってる。
窓ぎわで、一輪の花がさわやかな春風に揺れている。
たんぽぽの花言葉は、「幸せ」。
やっぱり、私はおじさん、だーい好き!
◇◇◇
面白かったら、評価とブクマお願いしますー
作者にみんなの元気を分けてくれ!
ちな次回は、来週の土曜の夜予定ですー