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§009 出発準備

「うっぐ……ひっく」


 レリアは俺の胸で盛大に泣いていた。


「ジルベール様。申し訳ございません。私、試験日と合格発表日を完全に読み間違えてたみたいです。ここからだと仮に寝ずに走ったとしても丸三日……みっ……か……」


 レリアはそう言葉を口にすると眩暈を起こしたように、身体が崩れ落ちそうになる。


「大丈夫か。レリア」


 俺はその身体を必死に支える。


「私のミスで……こんな……うぐっ……ひっぐ……」


 相当なショックだったのだろう。

 ここまで取り乱しているレリアを見るのは初めてだったため、何て言葉をかけていいのかわからなかった。


 俺とレリアが王立セレスティア魔導学園に向かう目的は大きく二つ。

 一つは『常闇の手枷』を解除すること。

 もう一つは魔導学園に入学することだ。

 仮に目的が『常闇の手枷』を解除するだけなら、明後日の『試験日』に間に合うことは必須事項ではなかった。

 ただ、入学試験だけは明後日の『試験日』を逃すと、来年の入学試験を待つしかなくなる。


 俺は一縷の希望をかけて今一度、受験案内を確認してみるが『試験日』は紛うことなき明後日だ。

 そして、地図を見る限りだと、仮に馬車に乗ったとしても到底明後日には到着できるような距離ではなかった。


 万事休すか……。


 俺は自分の無力さにギュッと唇を噛みしめ、目を閉じる。


 その瞬間、火花が弾けたように、真っ暗な視界に何かが映し出された。


 思わずパッと目を開ける。

 俺はこの感覚に覚えがあった。

 あの上級魔導士と対峙したときの感覚。


 それに映し出されたのは……また魔法陣か……。


 いや……待てよ……。

 俺はレリアの腕に視線を落とす。


 これを使えばもしかしたら……。


「レリア!」


「……はい? ジルベール様?」


 俺の突然の大声にレリアは力なく顔を上げる。


「もしかしたら、試験に間に合う方法があるかもしれない」



 ♦♦♦


「空間転移魔法陣ですか?」


「そう」


「今はほとんど使われなくなった魔法と聞いた記憶が……」


「『魔法陣』自体がそもそも失われゆく魔法だからな。でも、幸いなことに、この家には古い魔導書がたくさん残されていたから、俺は必要以上に古い魔法に詳しいんだ」


 そう言って俺は迷わず特定の魔導書を手に取ると、該当ページをレリアに示してみせる。


「なるほど。確かに空間転移魔法陣を使えば、この家の空間座標と王都の空間座標をつなぐことができそうですね。でも、空間転移魔法陣は術者本人しか転移させられないと以前どこかの文献で読んだ気がします。私、魔法陣なんて描けません……」


 レリアが道端に捨てられた子猫のような目で俺を見つめてくる。


「確かに空間転移魔法陣が術者本人しか転移させられないのは有名な話だ。しかし……」


 そこで俺はニヤリと笑って見せる。


「俺とレリアはこの『常闇の手枷』でつながれている」


「……というと?」


 レリアは理解が追い付かないようで、ポカンと小首を傾げて見せる。


「『常闇の手枷』の効力に俺とレリアが三メートル以上離れたとき、レリアが俺に引き寄せられるというのがあっただろ?」


「はい……それが何か?」


「ということは俺が王都セレスティアに転移すれば……」


「なるほど! 『常闇の手枷』の魔力を逆に利用するわけですね!」


「そのとおり! 空間転移魔法陣で俺をセレスティナの街に飛ばせば、原理的にはレリアも一緒に移動できるはずなんだ!」


「ですね! やはりジルベール様は天才です!」


 そう言って一縷の希望を見出せたことに感極まったのか、レリアは思いっきり俺に抱きついてきた。

 そして、俺の首元に頬を擦りつけながら「ありがとうございます」、「ありがとうございます」と何度も呟いている。


 そんなレリアを見て、俺も思わず抱きしめ返したくなる衝動に駆られたが、まだ光明が見えたというだけで、懸念材料が無いわけではない。

 俺はそう思いなおすと、そっとレリアの身体を起こして、両の肩に手をかける。


「成功するかはわからないけど、やってみる価値はあると思う」


 レリアは抱擁を制された瞬間こそ、むぅと不満げな表情を見せたが、すぐに真面目な表情へと戻す。


「私はジルベール様に付き従うのみです。でも……この魔導書には魔法陣を描くだけで()()()かかると書いてあります。こんな大魔法、さすがのジルベール様の【速記術】と言えど……」


「いや、このレベルの魔法陣なら俺は五秒で描ける」


「ご、五秒ですか? それはまた……」


「描くことだけなら俺にとっては造作もないことなんだ。問題はその先だな」


「その先ですか?」


「そう。『魔法陣』が描けたからと言って魔法が成功するとは限らないんだ。さっきも言ったけど俺が魔法としての『魔法陣』が成功したのは男達をぶっ飛ばしたあの時だけだ。それに、俺は『火』属性の魔導士だから、『無』属性の空間転移魔法陣がそもそも使えるかどうかという問題もある……」


 俺がそう言うとレリアはクスっと笑った。


「私も()()()()()()()()()()


「え?」


「ジルベール様は天才です。もっと自信を持ってくださいと。それに……」


 レリアが一拍置いて続ける。


「仮に失敗したとしても元々間に合わない状況だったんです。ジルベール様に非はありません。むしろ私はジルベール様がそうやって必死に入学試験に間に合う方法を考えてくださったのが心より嬉しいです」


 俺はその言葉に頷いて、ベッドから勢いをつけて立ち上がる。


「そうと決まれば出発の準備だ。レリアもお風呂に入ったところ悪いが、明後日が入学試験となるとそこまで時間はない。今日のうちに荷物をまとめて、明日の朝には空間転移魔法陣を描けるようにしよう」


「もちろんです。私がサポートできることは何でもしますので、何なりとお申し付けくださいませ」


 そう言って俺とレリアは旅の準備に取り掛かったのであった。



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