§008 受験案内
「つまり、レリアは魔導学園を受験しようと街に向かっている道中で男達に襲われたと?」
俺は、ベッドに腰かけて髪の毛を乾かしているレリアに目を向ける。
レリアはお風呂上りということもあり、髪の毛を緩いアップに結び、頬や首元を若干上気させていた。
「そうなんです。王都セレスティアに『王立セレスティア魔導学園』というものがありまして、そこに向かっている途中でした」
『魔導学園』とは、次世代の大魔導を養成するために設立された高等教育機関だ。
通常の学校と異なり、魔導学園には魔法の才に溢れた者が多く集まる。
つまりは、将来この国を背負って立つ魔導士の卵たちが研鑽し合う場所というわけだ。
その中でも最大級の規模を誇るのが『王立セレスティア魔導学園』。
過去に何名もの六天魔導士を輩出している超名門だ。
「王都となるとここからだとかなりの距離だな。そこまで歩いて行こうとしてたのか?」
「おっしゃるとおりです。ここより歩いて約五日ほどの距離かと」
レリアはそう言うと壁にかけてあった修道服から一枚の丸められた紙を取り出した。
そこには『王立セレスティア魔導学園 受験案内』と書かれていた。
魔法によってしたためられたものなのだろう。
うっすらとであるが魔力の気配を感じる。
俺はレリアから受け取った受験案内に目を落とす。
「レリアはどうしてレヴィストロース辺境伯領内の魔導学園を受験しないんだ? 相当志が高くなければ王立セレスティア魔導学園なんて選ばないと思うのだが」
確かに王立セレスティア魔導学園は名門だ。
しかし、実際のところ、レヴィストロース辺境伯領内から王立セレスティア魔導学園にわざわざ受験するという話はあまり聞いたことがなかった。
というのも、既に独立国家と言えるほどに広大な領地を有するレヴィストロース辺境伯領。
その領内には無数の魔導学園が点在しており、その中には王立セレスティア魔導学園には及ばないまでも、それなりに名の知れた魔導学園がいくつかあるはずだ。
そのため、レヴィストロース家を含めた領民は皆、辺境伯領内の魔導学園に通うものだとばかり思っていた。
レリアの魔法は……実は一度も見たことがないのだが、王国屈指の魔導学園を受験できるほどに非凡なものがあるとは到底思えなかった。
何か王立セレスティア魔導学園にこだわる理由があるのだろうか。
「あの……それは……」
俺の問いかけに一瞬口ごもるレリア。
しかし、意を決したかのように俺の目をジッと見つめてきた。
「その……私が司教の娘であることはお話しましたよね?」
「……ああ」
「実は……うちの教会はとある事情からあまり評判が良くなくて……レヴィストロース辺境伯領内の魔術学園では受験が認められなかったのです……」
「そっ……そんな……」
俺はレリアの言葉に唖然としてしまった。
領内でまさかそんな差別的なことが起きていたなんて。
「ということは、いつだか自分がいると教会には受け入れてもらえないと言っていたのも同じ理由か?」
レリアはコクリと頷く。
「私はどうしても魔法を学びたかった。光魔法でたくさんの人を幸せにするのが私の夢なのです。でも、家柄とか確執とかそういうので受験すらさせてもらえないのが悔しくて悔しくて……」
レリアは俯きながら唇をギュッと噛みしめる。
「そこで辿り着いたのが『王立セレスティア魔導学園』だったのです。王立セレスティア魔導学園は良くも悪くも完全なる実力主義。なので、こんな私でも魔法の実力さえ認めてもらえれば、入学を許可してもらえると思ったのです」
「…………」
「とまあもっともらしいことを言いましたが、本当は……私のことを……家柄のことを誰も知らない新天地でやり直したいと思っただけなんですけどね……」
そう言ってレリアは悲しそうに苦笑する。
その表情は悲痛に満ちており、レリアがこれまでどのような人生を歩んできたのかを否応なしに察してしまった。
……新天地でやり直したい。
俺にはその気持ちが痛いほどによくわかった。
だって、それは家を追放された俺が真っ先に考えたことだったから。
「こんな後ろ向きな理由で受験をして私は満足なのか……それはただ逃げているだけなんじゃないか……もういっそのこと受験なんてやめてしまおうかと心の中がずっとモヤモヤしていました」
俺は何て言葉をかけていいかわからずに、レリアをただ見つめる。
しかし、レリアは俯いていた顔をパッと上げた。
「でも……そんな後ろ向きだった私に、ジルベール様は前向きになれるきっかけをくださりました」
「きっかけ?」
「はい。実は……王立セレスティア魔導学園の学園長が六天魔導士の一人でして、高位の光魔法を扱えると聞いたことがあります。その方にお願いすればこの『常闇の手枷』を外してもらえるのではないかと思いまして」
六天魔導士という言葉に思わず胸が跳ねる。
「王立セレスティア魔導学園に六天魔導士がいるのか?」
「はい。来年度から新たに就任する学園長が六天魔導士とのことです」
なるほど。
確かに六天魔導士なら、この程度の魔道具であれば一瞬で解除できるだろう。
「でも学園長って偉いんだろ? いきなりお願いしておいそれと外してくれるものなのか?」
「そこはちょっとわかりませんが、教会を頼れない以上は頼れる人物は限られてしまって……そもそも高位の光魔法を扱える人はそう多くはないのです」
レリアはそこまで言うと、なぜか頬を赤らめながら俯く。
「あとこれは個人的な感情なのですが……」
「……うん?」
「このジルベール様と過ごした数日間は本当に楽しい時間でした。そんなジルベール様が先ほど魔法を頑張ってみたいとおっしゃっていたのを聞いて……あの……私も……できればジルベール様と一緒に切磋琢磨したいなというか……一緒に王立セレスティア魔導学園に入学できたらきっと毎日が楽しいんだろうな……なんて思ったりなんかしたりして……って私は何を言っているのでしょう。ちょっと今のは聞かなかったことにしてください」
顔を真っ赤にしながらしどろもどろになるレリアを見て、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
「いや……俺も実はレリアと一緒に魔法を学べたら楽しいだろうなと思っていたところだ」
何を隠そう、俺に再び魔法を学んでみようと思わせてくれたのはレリアなのだ。
そんなレリアと一緒に魔法を学べるのだから断る理由はない。
「『常闇の手枷』もいつまでもこのままってわけにはいかないだろうし、もしよければ俺を王立セレスティア魔導学園に連れて行ってくれないか? まあ、そんな名門魔導学園の試験に受かる自信は無いが」
そこまで言うとレリアの顔がぱあっと明るくなる。
「本当によろしいのですか? 私から誘っておいてなんですが、私はそういう家柄の娘ですよ? 一緒にいてマイナスになることはあれど、プラスになることなんてありませんよ?」
「それは俺も同じさ。俺はハズレ固有魔法の所持者で、世間からのはみ出し者さ」
でも……。
「レリアはそんな俺に救われたと言ってくれた。そんな俺と魔法が学びたいと言ってくれた」
俺はその言葉に救われた。
失意のどん底にいた俺に、今一度、大魔導への道を示してくれた。
そんな彼女に報いたい。
そう強く思うようになっていた。
「レリアが俺のことを必要としてくれている。俺が王立セレスティア魔導学園に通いたいと思うこれ以上の理由はないよ」
「……ありがとうございます。そんな言葉をかけていただいたのは生まれて初めてです」
しばしの静寂の後、レリアは満足気にはにかんだ。
俺はそのレリアの表情があまりにも可愛くて……直視できないほど眩しくて……咄嗟に視線を逸らした。
どこに視線を合わせていいのかわからず、誤魔化すようにベッドの上に置かれた『受験案内』に目を向ける。
…………ん?
そこで俺ははたと気付く。
「なあ……レリア。水を差すようで悪いんだけど……」
「はい?」
レリアは頭上に疑問符を浮かべて小首を傾げる。
「この受験案内の『試験日』って……明後日じゃないか?」