§049 試験結果
「役者はそろった? あとシルフォリア様、部屋の紅茶を勝手に飲むのはまずいのでは」
俺がそう言うと、いち早く紅茶を口に運んでいたシルフォリア様が鋭い視線を向けてくる。
「念のため言っておくが、ここは私の部屋だ」
「え?」
ここがシルフォリア様の部屋って……?
じゃあもしかして……このベッドもシルフォリア様がいつも寝てる?
いつも突拍子もないことをする規格外の魔導士としての印象が強く、シルフォリア様を女性として意識したことはなかった。
けどれ突然そんなことを言われると変な想像が頭の中を駆け巡り、シルフォリア様の(若干小ぶりな部分はあるが)スラリと細い肢体に視線が吸い寄せられる。
するとなぜかレリア、いやまさかのアイリスからも冷たい視線を感じる。
俺はコホンの咳払いをする。
「では気を取り直して、お話とは一体どういったことでしょうか?」
「そうだな。まずは君にお礼を言いたい」
「俺……何かしましたか?」
「君はシルメリアの娘を守ってくれた。本来であれば私が駆けつけならねばならないところだ。その件については感謝を述べなければならない。本当にありがとう」
そう言って深々と頭を下げるシルフォリア様。
「あ、頭を上げてくださいシルフォリア様。俺は当然のことをしたまでで……」
「君にとっては当然のことかもしれないが敵はあの創世教の幹部だ。普通の受験生なら逃げだすか、それ以前にあっさりと殺されていただろう。君達は本当によく耐えた。君達の戦いぶりは確と見せてもらったよ。いいチームワークだったじゃないか」
「見てたんですか?」
それについてシルフォリア様は、はははと笑う。
「そんなわけあるか。過去視の魔法だ」
「ああ、なるほど」
「実を言うと私はあの時、厄災司教シエラ・スノエリゼの魔法によって完全に足止めを食らっていた。だからすぐに助けに行くことができなかったのだ」
「……そうだったんですか」
確かに相手は絶対零度の魔法を司る厄災司教。
不意打ちを受ければさすがのシルフォリア様でも防ぎようがなかったのだろうと納得する。
「そういえば、結局試験はどうなったんですか?俺達は結局途中でリタイアという形になってしまったと思いますけど……」
そう言ってレリアに視線を向けると、眉をひそめて複雑そうな顔を見せる。
何かを知っている顔だ。
「それについて、今度は謝罪をしなければならない」
「……というと?」
「試験はあのまま続行された。私が厄災司教を退けた結果、氷結魔法はすぐに跡形もなく消えた。奴の氷結魔法は原子運動を止めるという驚異的なもの。つまり、奴の魔法によって森全体の時が止まった状態になっていたのだ。ゆえに直接的な攻撃を受けた君達以外は凍っていた自覚すらなく、魔法が溶けた瞬間からまるで何もなかったように行動を開始したのだ。本来であれば試験を即刻中止し、再試験にするのが妥当なのだが、『新・創世教』の存在を隠蔽したい上の連中がそれを良しとしなかった。私もそれなりに抵抗はしてみたのだが力及ばす。試験は定刻をもって終了した。3日前のことだ。つまり君は三日三晩ここで眠っていたことになる」
衝撃的な事実だった。
もちろんシルフォリア様の言ってることも理解できるし、あの人数の再試験となると諸々問題があることもわかる。
しかも、今回の騒動の原因が『新・創世教』となると一筋縄ではいかない事態なのだろう。
わかってる。
わかっているけれど……それと同時に割り切れない感情もある。
俺達は……いや……最悪、俺は構わない。
でも……できれば……レリアだけでも。
「あ、あの……シルフォリア様……」
言おうとしていることがきっと『心眼』で伝わったのだろう。
俺が言葉を紡ぐ前にシルフォリア様はスッとテーブルを指差す。
「君達の持っている魔石をそこに出してみなさい」
その言葉に俺とレリアは顔を見合わせて頷き合う。
「はい。ジルベール様の分は私が持っています」
レリアがテーブルの上に魔石を並べ出す。
アイリスはどうやら魔石を持ってきていない、いや……そもそも持っていないようだ。
レリアが袋から取り出す魔石を「1……2……」と神妙な面持ちで数えている。
彼女は端から自分が受かることは諦めているのだろう。
俺達の合格を本気で祈ってくれているような真摯な目だ。
レリアが魔石を並べ終わる。
結果は
俺、30個
レリア、30個
アイリス、0個
受験生1000人で一次試験の勝者が500人。
その者達に魔石が配布されているのだから魔石全体の数は約2500個。
合格者数が50人とのことなので、2500÷50=50。
ゆえに50個の保有魔石があれば合格圏内と言える。
しかし、俺達の魔石数ではアイリスはおろか、俺とレリアも合格ボーダーには届かない。
明らかな落胆を見せるレリア。
いやレリアだけでなく俺も限りなく沈んだ顔をしていたのかもしれない。
アイリスが悲しそうな表情を浮かべながら、こちらを見つめている。
何と声をかけていいか分からないといった感じだろう。
それにアイリスだって志を持った受験生だったんだ。
この光景にはそれなりに思うところがあるはずだ。
確かに合格ボーダーには届いていないかもしれない。でも……。
「合計で60個。この数があれば、レリアだけなら合格させられるはずです」
俺はシルフォリア様に向かってはっきりと言葉を口にする。
「ジ、ジルベール様、何をおっしゃってるのですか。それはダメです。私はジルベール様と一緒じゃないと意味がないのです。それに約束したでしょう。一緒に合格するんだと」
俺の言葉にぶるんぶるんと首を振るレリア。
「俺は来年にでもまた受験すればいいんだし、せっかく60個の魔石があるんだから」
「ダメですダメです。それなら私も来年ジルベール様と一緒に受験します」
もはや駄々っ子のように喚き散らすレリアを見て、ついにシルフォリア様が口を開く。
「ふむ……この数では合格は厳しいだろうな。通常の試験であれば」
「「え?」」
その含みを持たせた言い方に俺達は思わず声を上げる。
「実はな、今回の試験には規格外な人物がいてね。名をセドリック・レヴィストロースというのだが」
チラリとシルフォリア様が俺の方を見た気がした。
「彼の魔石保有数は受験生の中でもダントツの900個。言ってる意味がわかるかい?」
俺は意味を考える。
この場合、シルフォリア様はセドリックが首席合格であるということを言いたいわけではないだろう。
ああ、合格ラインであるボーダーか。
セドリックの合格は確定。その前提で。
(2500−900)÷49≒32。
この時点でボーダーは32個。
それに確か中間発表の時点で、セドリック以外にもそれなりに魔石を保有してる者がいたはず。
そうなると、32個よりもボーダーが落ちている可能性が高い。
その事実に気付いて俺はハッと顔を上げる。
「そういうことだ。今回の合格ボーダーは魔石30個。よって君達は合格だ。おめでとう」
そのシルフォリア様の一言に、最初に歓喜の声を上げたのはアイリスだった。
「おめでとうございます! さすがジルベール様とレリアちゃんです! 命の恩人であるお二人が合格できたことをわたしは心より誇りに思います」
邪な心など一切ない完全なる善意での祝福。
本当に自分のことのように喜ぶアイリスは、レリアに胸に抱きつく。
「……よかった。……本当によかったです」
アイリスの瞳には涙が浮かんでいた。
しかし、俺とレリアは素直に喜べるわけがない。
だって試験とは無情なもので今度はアイリス一人が落ちている状況なのだ。
全員落ちるのと、一人だけが落ちるのでは全く持って意味合いが変わってくる。
命の恩人? それを言いたいのは俺の方だ。
アイリスは俺の左腕を治してくれた。
貫かれた胸もきっとアイリスの力だろう。
この恩は一生をかけてでも報いたいと思っている。
それなのに……この結果は……。
「シルフォリア様。失礼を承知で具申させていただきます。アイリスは今回の騒動に巻き込まれた被害者とも言え、また、治癒魔法の使い手として功労者とも言えます。どうか彼女を合格にさせることはできないのでしょうか?」
「は?」
シルフォリア様の怒ったような呆れたような声が返ってきた。
その言葉にレリアが肩をビクンとさせる。
きっとレリアも同じことを問おうとしていたのだろう。
「君は阿呆なのか、魔法陣の少年よ。王立セレスティア魔道学園は完全なる実力主義。富も身分も縁故も一切関係ないと入学試験初日に言ったはずだ」
それに……と言ってシルフォリア様は続ける。
「君はいろいろと勘違いをしている。まず魔石を数え間違っている。君達が持っている魔石の数は、正確には60個ではなく61個だ」
「え?」
そう言うとシルフォリア様は俺の胸元を指差す。
するとそこには、今まで気づかなかったが、見覚えのないペンダントが首から下がっていた。
トップには焔を準えたような深紅の魔石。
「これは?」
「君は何も覚えてないのか?」
「はい?」
「それは私が所有していた魔石だ。その価値は通常の魔石の100万個分。君は私からその魔石を見事奪ったのだ」
「は?」
「えぇ?」
「ふぇ?」
俺、レリア、アイリスが三者三様の声を上げる。
それを見てシルフォリア様がニヤリと笑う。
「そういうことだ。私は治癒魔法の少女を含めた全員に言ったのだ。ジルベール・レヴィストロース100万個、レリア・シルメリア30個、アイリス・フォン・アウローラ30個の魔石保有を認め、我が学園の入学を許可する」
「「「え―――!!!!」」」
今までで最大級の大声を上げる3人。
「で、でもシルフォリア様。わ、わたしの保有魔石は0個でございますぅ。それでさすがに合格というのは、王立セレスティア魔道学園の信念に背くことになるのではないかと……」
アイリスは本当に真面目な子なのだろう。
申し訳なさそうな表情をしながら肩を竦める。
するとシルフォリア様は魔石が置かれたテーブルをこれでもかとひっくり返した。
「あーあ、つい手が滑ってテーブルをひっくり返してしまった。私は暗記というのが大の苦手で、細かい魔石の内訳とかを覚えていないのだが。治癒魔法の少女よ、君の魔石保有数は30個でよかったかな?」
「……え、え」
その問いを受け、なぜか俺の方を見つめるアイリス。
この子は本当にいい子なんだなと思ってしまう。
俺はアイリスに近付いて、シルフォリア様に聞こえないように、そっと耳打ちする。
「(アイリスには本当に感謝している。だから魔石を受け取ってほしいんだ。これは俺からアイリスへのお礼の気持ちだ)」
耳がゆでだこのように見る見る赤くなっていくアイリス。
「(ジ、ジルベール様から……わ、わたしへのプレゼント……)」
「……ん?」
アイリスの声があまりにも小さくてよく聞こえなかった。
一度、幸せそうに瞑目したアイリスはゆっくりと頷く。
「シルフォリア様。身に余るお心遣い、感謝申し上げます」
そう言ってぺこりと頭を下げるアイリス。
俺の耳打ちした意味……とポリポリ頭を掻きながら、向き直るとレリアとばっちり視線が合う。
合ったはいいが、レリアはなぜか頬をぱんぱんに膨らませて、まるでハムスターのようになっていた。
「……ん?」
「……ふん!」
あれ? また俺、何かやらかした?
兎にも角にも、そこからはお祭り騒ぎだった。
本当は『新・創世教』のことをもう少し詳しく聞きたかったのだが、「そんな話は後回しだ」とシルフォリア様は俺の復帰祝いと称してどこからか大量の料理を運んできた。
今日は飲め飲め!というシルフォリア様の一言に、俺もどこか肩の力が抜けてしまい、久々のお酒を楽しむことにする。
我が王国では啓示の儀を過ぎれば成人と認められ、お酒を飲むことが許されているのだ。
レリアは最初こそ不貞腐れていたものの、お酒が入るとすぐに真っ赤になり、まるで猫のように擦り寄ってくる始末。
この瞬間、レリアに今後お酒を飲ませるのは止めようと固く心に誓った。
なお、アイリスはテーブルに並んだ大量のスイーツを「美味しいですぅ」と言いながら頬張りまくっていた。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、そして、夜が耽る。