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§048 目覚め

 目が覚めるとベットの上だった。

 俺はゆっくりと頭を動かして周囲を確認する。


 記憶にない部屋だった。

 棚には価値のよく分からない調度品が置かれ、誇りのかぶった本棚にはやたらと難しそうな本がぎっしりと並んでいる。

 少なくともここが『月影の森』ではないことはわかった。

 その事実にホッと胸を撫で下ろす。


 俺は身体を起こそうと、無意識にベッドに左手をつこうとする。

 それと同時に嫌な記憶が蘇る。

 そうだ、俺の左腕は厄災司教シエラ・スノエリゼに切り飛ばされたのだ。


 俺はそっと右手を伸ばし、左腕のあったはずの場所に触れてみる。


「……あれ?」


 すると、右手にも、そして左腕にも温かい感触があった。

 俺は弾けるように身体を起こすと……なんと左腕が健在だったのだ。

 おそらくは誰かが治癒魔法で治してくれたのだろう。

 左腕から確かな血潮を感じる。

 そういえば、胸を貫かれた傷も、その他砕け散っていたであろう拳も一切痛まない。

 相当高位の治癒魔導士が在籍している場所のようだ。


 その瞬間、俺は全てを悟った。

 終わったのだ……と。

 俺が最後に見た光景はシルフォリア様が立つ姿だった。

 シルフォリア様が助けに来てくれた。

 そして、俺は今こうして生きている。

 その事実こそが――新・創世教――は退けられたという何よりの証明だった。


 思わず瞑目する。

 俺達は……創世教に……勝ったのだ。

 俺の力では厄災司教に手も足も出なかったけど、それでもレリアを……。


 ん、レリア。

 俺はハッとして目を開ける。


 そっ、そういえばレリアは……。

 俺は若干の焦りを感じて部屋をもう一度見回すと、ふと、布団の上に何やら重みがあるのを感じた。


 その重みの正体は……レリアだった。


 レリアは上半身をベッドにうつ伏せ、くぅーくぅーと気持ちよさそうな寝息を立てていた。


 レリア……無事だ。

 本当に……よかった。

 俺の魔法陣は成功したんだ。

 ちゃんと世界奉還シルメリアの呪縛から戻ってこれたんだ。


 俺は涙が零れそうになるのを必死で堪えて、ふぅと安堵のため息をついてみせる。


 それにしても……幸せそうに寝やがって。

 一瞬、起こそうかとさらりとした金髪に触れてはみたものの、思い直す。

 きっと疲れているのだ。このまま寝かせてあげよう。


 ……どれくらい経っただろうか。

 レリアの美しい双眸がゆっくりと開かれる。


「うぅ……寝てしまいました……」


 目尻をこすりながら身体を起こすレリア。

 それに俺は声をかける。


「おはよう。レリア」


「……へっ?」


 突然の声にレリアがこちらを向き、素っ頓狂な声をあげる。

 そして、ゆっくりと目が見開かれる。


「ジルベール様!」


 次の瞬間、弾けたような声を上げて、猫のように飛びついてきたレリア。


「ジルベール様、よかった。本当によかったです」


 そう繰り返して、俺の背中に腕を回しながら、潤んだ瞳をこちらに向けてくる。

 その瞳には大粒の涙が溜まっていた。

 本当に俺のことを心配してくれていたみたいだ。

 腕も治り、こんなにも五体満足だと逆に申し訳ない気持ちになる。


「胸に風穴は空いてるし、ずっと目を覚まされないから……心配で心配で」


「それで疲れて寝てしまったわけだな」


「ふわぁ! ?」


 顔を紅潮させて頬を膨らませるレリア。


「ジルベール様は意地悪です」


「ははっ、冗談だよ。ずっと俺のそばにいてくれたんだもんな。ありがとう……レリア」


 その言葉を聞くと満足そうに顔を綻ばせる。

 なんか最近は戦いばかりだったような気がするから、こういう雰囲気が懐かしくてつい破顔してしまう。


「そういえばこの腕は……?」


 俺は完治した左腕に目を向ける。


「あぁ、それはアイリスちゃんが治してくださったんです。ジルベール様に助けていただいたお礼とのことで。アイリスちゃんの固有魔法はかなり稀有な固有魔法らしく、通常の治癒魔法の数倍の効能があるらしいです」


「そうか。アイリスが。それじゃあ今度は俺がお礼を言わなきゃな」


「はい。そうしてあげるときっと喜びますよ。『わわわ、わたしなんて!』って言ってる姿が容易に想像できます」


 レリアはおどけてアイリスの真似をしながらくすくすと笑う。

 俺が寝ている間に随分アイリスと仲良くなったみたいだ。

 レリアが人のことを「ちゃん」付けで呼んでるのなんて初めて見た気がする。

 レリアもアイリスも美少女だし、2人が仲睦まじくキャッキャしてるのはさぞ絵になることだろう。


 ……さてと。

 本題とばかりに今まで引っ掛かっていたことを尋ねる。


「それで、あの後、戦いはどうなったんだ? シルフォリア様は?」


 その問いかけに、一瞬の沈黙が走った。

 さっきまで愉快そうにはしゃいでいたレリアの表情は一転、真剣なものへと変わる。


「……なんとか『新・創世教』を退けることができました。しかし、シルフォリア様は……」


「……え?」


 最悪な想像が頭をよぎる。


「まさか……そんなことがあるわけが……」


「…………」


(バンッ!)


 次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。


「勝手に殺すな! ちゃんと生きておるわ!」


 そこにはあまりにもお元気なシルフォリア様の姿があった。

 扉を蹴破るように入ってきた彼女は、部屋を土足でつかつかと歩くと、俺の前で腕を組んで立つ。


「君は疫病神か何かなのか、魔法陣の少年よ。私が学園長に就任してから初めての入学試験でまさかの創世教の復活という大事件発生。それに加えて、厄災司教の手により受験生が腕を欠損するほどの大怪我を負う始末。まったく私が何人の記憶を消さなければならなかったことか」


 シレッと恐ろしいことを口にするシルフォリア様。

 どうやら彼女も隠蔽……いや残務処理に忙殺されていたようだ。

 とりあえずシルフォリア様が無事に生きてたことにホッとする。


「おい、レリア! シルフォリア様、普通に生きてるじゃないか!」


「誰も死んだなんて言ってません。さっき意地悪をしたお返しです」


 そう言って再度頬を膨らませてぷいっとそっぽを向くレリア。

 本人はツンケンしているつもりなのだろうが、その仕草があまりにも可愛くて、つい笑みがこぼれてしまう。


「いくら相手が厄災司教と言えども、私が後れを取るわけがなかろう。これでも史上最年少の六天魔導士オラシオン・ディオスだぞ」


「(それならもう少し早く助けに来てくれればいいのに)」


 シルフォリア様のあまりの自信に、つい悪態が漏れる。


「何か言ったか?」


「い、いえ。何も」


 ただ、次の瞬間、シルフォリア様の手元に顕現した芭蕉扇によって頭をコツンと叩かれる。


「私が『心眼』を使えるのを忘れたのか、戯け」


「す、すいません」


(コンコンコン)


 そんな折、今度は丁寧なノック音。


「お、やっと来たか。入っていいぞ」


 シルフォリア様が声をかけると、ギィーっと扉が開いて、片目が前髪で隠れた黒髪の少女が顔を出す。

 アイリスだ。


「お、お邪魔します……」


 おどおどした様子で部屋に入ってくるアイリス。


「あれ? なんでアイリスがここに?」


 俺は思わずアイリスに問う。


「シルフォリア様から念話リプレルが入って、すぐに来いと」


 ああ、やっぱりこの子はこういう扱いなのかと不思議と納得してしまう。


「アイリスちゃん!」


 レリアがアイリスを認めると、突如、歓天喜地の声を上げてアイリスに飛びついた。


「ああ! レリアちゃん! また会えました! 嬉しいですぅ!」


 頬擦りをするレリアを抱き止めるアイリスも満更ではない様子だ。

 本当にちょっと見ない間に仲良くなって。

 そんな光景に微笑ましさを感じながらも、若干の疎外感を感じた俺はアイリスに声をかける。


「アイリス。俺の腕を治してくれたんだってな。本当にありがとう。アイリスの治癒魔法は本当にすごいんだな」


「わわわ、わたしなんてそんな……。助けていただいたお礼をしたかったので……」


 そう言ってなぜか頬を赤らめて俺から視線を逸らすアイリス。

 なぜ視線を逸らされたのかはわからないが、レリアの予想通りの反応に思わず笑ってしまう。


「ほ、本当にわたしはすごくないのです……。腕があまりにも綺麗に切断されていたのと、切り飛ばされた腕が冷凍保存状態になっていて細胞が壊死していなかったからできただけで……だからわたしは全然すごくないのです……」


 あまりにも恐縮しすぎるアイリス。

 その自信なさげな表情でなぜか昔飼っていた愛猫を思い出し、俺はつい彼女の頭を撫でてしまった。


「ひゃう」


 弾かれたように飛び退くアイリス。


「あ、ごめん」


 俺も咄嗟に謝る。


「その……そんなに恐縮しないでくれ。俺の腕を治してくれたのは事実なんだから。本当にありがとうアイリス」


 その言葉を聞いて、ほわぁと小さな声を上げたアイリスだったが、今度は納得してくれたようで、顔を赤らめながらもコクリと頷いてくれた。

 同時に寒気のようなものを感じたので、レリアの方に視線を向ける。

 すると、なぜかレリアの綺麗な瞳のハイライトが消えている。

 一体……どうしたというのだろうか。


 そんなやり取りをしていると、シルフォリア様がどこからか紅茶とティーカップを持ってきた。


「とりあえず役者は揃ったな。……さて、お前たちには少し話しておきたいことがある」



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