§047 憤怒
突如として顕現した史上最大規模の魔法陣にシエラもクラウンも目を奪われる。
「……この魔法陣は」
全ての闇を浄化するかのような、白を通り越した無色透明の光を放つ魔法陣。
それは以前にシルフォリア様が――世界創造魔法・破滅の創造者――を発動した時のものと酷似していた。
あの時は絶対に描くことができないと思った魔法陣を……俺は描いた。
天使の梯子が地上に降り注ぐ。
――次の瞬間、世界奉還が消えた。
既に意識なく立っていたレリアは、力の根源が消え、そのままドサッと倒れ込む。
「――なっ」
「……ほぉ」
それぞれの反応を見せたシエラとクラウン。
「……この魔法陣は貴方が?」
シエラは俺に問うが、そんな質問に答えているほどの余裕も理性も、もはや俺には残されていなかった。
残されたのは新・創世教をぶっ飛ばすという憤怒の感情のみ。
俺は全力で駆け出した。
「騎士クラウン。その少年も連れて帰ります。世界奉還をかき消せる魔法陣。このままにしておくわけにはいきません」
俺の遅れて、クラウンは即座に氷の魔法剣を顕現。
その切っ先をこちらに向け、駆ける。
お互いがお互いの距離を詰め、一瞬で肉薄する。
「レリアの痛みを思い知れーっっ!」
完全にキレていた。
自分のものとは思えぬ咆哮。
俺は破壊衝動を全面に押し出して吐き散らす。
「燃やし尽くせ!――極大・|陽炎の如く立ち昇る火の壁――」
疾走しながらも、数多の魔法陣を描きまくった。
コンマ1秒ごとに1個の魔法陣が増産。
一瞬にして地表のありとあらゆるところを『魔法陣』が埋め尽くす。
顕現した魔法陣からは炎がうず高く立ち昇り、再び、冬の世界と、炎の世界が衝突する。
否。降り積もった雪が世界奉還で蒸発した分、炎の世界が優勢。
冬の世界を飲み込んでいく。
一度勝った燃え盛る炎は更に勢いを増し、至るところに飛び火しては酸素を飲み込んで黒煙を上げる。
その光景はまさに煉獄。
「うぉぉぉ! 氷の魔法剣、この炎を凍てつかせろ!」
クラウンの咆哮。
それに俺も真っ向から対峙する。
「させるか! ――超重力の罠――立体魔法陣!」
宣言と同時にクラウンの上下、前後、左右の六方向から超重力の罠が展開。
それはまさに箱を象ったもの。
三次元構造をした立体魔法陣が顕現する。
燃え盛る炎と巻き上がる黒煙で視界不良であったことも幸いした。
クラウンは多重方面からの魔法陣に一切対応できず、その引力と斥力の作用によって、走ったままの姿勢で固まる。
「ふっ! ふざけるなーぁぁぁあ!」
クラウンが更なる咆哮を上げる。
が、そこに走り寄る影。
「ふざけてるのは、お前らだろうがっ!」
「――ごぼっ」
まさに手も足も出ない。
無防備だったクラウンの頬を強烈な拳が貫き、そのままの勢いで後ろに弾け飛ぶ。
「あぁ、……痛い……僕が殴ら……れた」
「おら、どうした創世教。レリアの痛みはこんなもんじゃないぞ」
俺は両手を広げ、更に大量の魔法陣を顕現させる。
そして目の前のシエラに通告する。
「シエラ・スノエリゼ。次はお前だ。レリアを泣かせたことを絶対後悔させ――」
「――調子に乗りすぎです」
「――がはっ」
後方からの鋭利な衝撃。
胸を貫かれ、口から鮮血が飛び散る。
肺を……やられた……。
ひゅー……息が……。
俺は飛びそうになる意識を必死につなぎ止め、身体を捻って後方を確認する。
「――――!」
するとそこには本当に瞬きの寸前まで目の前にいたはずの厄災司教――シエラ・スノエリゼが立っていた。
凍ったように白い手には鮮血が付着しているが、その鮮血も一瞬のうちに氷結と化す。
自分の手を凍らせた上での……手刀?
そこまで考えるが、既に魔力も体力も限界だった。
俺は受け身も取れぬまま、ドカリと地面に倒れ込む。
炎に焼かれ露出した地表面の硬さが、そのまま身体を貫く。
「見事です。魔法陣の少年」
俺への言葉なのだろうが、生憎ともう声も出せない。
「特に先ほどの世界奉還をかき消したもの。あれには利用価値があります。本当は貴方のことを殺そうと思っていたのですが気が変わりました。レリア様と一緒に同行を願います」
何やら好き勝手言われている気がするが、もう話を聞くのも面倒になりつつある。
自分の死期を悟り、遠退く意識の中、首を動かしてレリアを探す。
そして、視線の先、気を失って横たわるレリアの姿を認めた。
「……れ、り……あ」
俺は激痛が走る手を必死に手を伸ばすが、届かない。
挙句、男の足で思いきり踏み抜かれる。
「まったく、ここまでボロボロにされたのはいつ以来だ。傷が疼くことこの上ない」
「騎士クラウン。あまり敗者を痛めつけるものではありません。彼は善戦しました。賞賛に値します」
あ……あ、俺……負けたんだ。
シエラの言葉が深く、心に突き刺さる。
意識が――飛ぶ――。
次の瞬間だった。
「――世界創造魔法・破滅の創造者――|私の大切な生徒に手を出すな!《デス・メテオ》」
猛烈な爆発音と共にクラウンの獣のような絶叫が木霊した。
あまりにも一瞬のことで俺には何が起きたかわからなかった。
ただ、意識が薄れゆく中で、俺は確かに見た。
――シルフォリア様がそこに立っているのを。