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§039 氷結魔法

 ジルベール達と時を同じくして。


 ――試験時間も半分が過ぎた。

 ――今日この中から新たな時代を担う魔導士が選ばれる。

 ――私が選び、私が育てる次世代の六天魔導士オラシオン・ディオスたち。

 ――そう。それは…………全て世界奉還のために。


「シルフォリア様。何か考え事ですか?」


 私、シルフォリア・ローゼンクロイツは背後からの問いかけに瞑目していた目をスッと開ける。

 半身振り返ると、そこには黒髪の青年が立っていた。


 考え事か……。


「いや、あまりにも景色が綺麗だったものでね。つい物思いに耽ってしまったようだ」


「ああ。この場所は月影の森が一望できますものね」


 心配そうな表情を浮かべていた彼は、私の答えに安堵したのか笑顔で頷きながら答える。

 そんな眩しい笑顔を見せる彼から目を逸らすと、再度、二次試験の会場である『月影の森』に視線を戻す。


 彼の名前は……確かカールと言ったか。

 入学試験に際してシルフォリア・ローゼンクロイツ付となった哀れな新米教員だ。

 試験期間の間は私の世話係をしてくれるようだ。


 黒髪短髪の清潔感のある好青年。

 彼を見ていると……ほんの少しだけ……()()()()を想い出してしまう。

 こんな思考になってしまうのも、私が今感傷に浸っている証拠なのかもしれない。


「カール君と言ったね。私は別に付き人は不要だよ。学園側の好意だったために一応は受けたが、無理して私の世話を焼く必要はない。私はこのあと試験会場の巡回に行くから、君は部屋に戻って読書でもしているといい」


 何となく彼を遠ざけたいと思った。

 別に彼のことを好かないとかそういうわけではない。

 ただ、本当に何となく彼をこの場にいさせてたくないと思った。


 しかし、彼はすぐさま首を横に振った。


「いいえ。シルフォリア様。私は無理してシルフォリア様にお仕えしているわけではありません。心から尊敬し、お慕いしているからこそです」


 予想もしていなかった熱を帯びた言葉に私は思わず彼の方に向き直ってしまった。


 尊敬? お慕い?

 私は六天魔導士オラシオン・ディオス

 そう言った言葉をかけてもらうことも多い。

 ただその半分は打算、もう半分は一種の崇拝だ。

 しかし、彼の言葉はそういった類のものではなく、ちょっと言葉では言い表しにくいが、なんとも照れ臭くなるようなものだった。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、尚も彼は続ける。


「私は平民の出です。そもそも王立セレスティア魔導学園で働かせていただいているだけでもありがたいことなのに、六天魔導士オラシオン・ディオスであらせられるシルフォリア様にお仕えできるなど光栄の至りです。なのでそのようなことをおっしゃらないでください。私は貴方様にお仕えしたくてお仕えしているのです」


 彼の真っすぐな瞳に私は思わず目を逸らしてしまった。

 久しぶりに触れる感情。

 察しがいいのも考えものだと思わず嘆息したくなる。

 『心眼』を使わずともわかってしまった。

 彼の心に……私が……シルフォリア・ローゼンクロイツが確かに存在していることに。

 その事実は図らずも私の心を温かくした。


 視線の置き場に困っていると、ふと彼が手に持つ盆に目を奪われた。


「それは?」


「ええ、もしよろしければと紅茶をお煎れいたしました。私の実家はダージリスという有名な茶葉の産地でして、シルフォリア様にもダージリスの味をお楽しみいただければと、先日実家から送られてきた茶葉から煎れてみました。しかしながら、これから試験会場を巡回されるとのことで大変失礼しました」


 カールの言葉に更に胸が熱くなるのを感じる。

 紅茶か……そういえば久しく飲んでなかったような気がする。

 以前に紅茶を飲んだのは……もう何年前のことか……

 しかも、ダージリスの茶葉とはこれも何かの縁だろうか。


「いや、せっかく煎れてくれたんだ。いただくとしよう」


 その言葉を聞いたカールの表情がパッと明るくなる。

 私はサッと純白のドレスローブを翻して、カールの下へ歩み寄る。


 そしてティーカップに手を伸ばす。

 なぜか急にこの場の温度がぐっと低下したような気がした。

 その瞬間――


(ピキッ)


 ティーカップに注がれた紅茶の表面が氷結した。

 その氷結は瞬く間に侵攻し、ティーカップそのものは霜が降りたような白色と化した。


 私はハッとして顔を上げる。

 すると先ほどまでにこやかな微笑みを浮かべていたカールが苦悶の表情を浮かべている。

 腰から下の下半身が氷塊と化していたのだ。


「カールッ!!」


 私の叫び声と裏腹にカールの氷結化は更に進み、既に胸のあたりまで氷がせりあがってきていた。


「シルフォリア様……お逃げ……くだ……」


「――――!」


「――氷結魔法・氷雪の森の美女(スノー・ホワイト)――」


 声が聞こえた瞬間、急激な速度で気温が低下した。

 かつてないほどの冷気が場を瞬時に包み込み、カールは完全なる氷像と化した。

 季節は冬に転じ、空気中の水分は粉雪となって舞い落ちる。

 この空間は一瞬にして冬の静寂に包まれた。


「おいっ! カール!」


 まるで時が止まったような無音の世界で叫び声だけが木霊する。


 私は白い息を荒々しく吐きながら、蘇生魔法の詠唱を試みるが――


 視線の先には、それを阻むかのように進み出てくる少女が一人。

 その少女はまるで雪のように白く、全てのものを凍てつかせてしまうほど狂おしくも儚げな少女だった。


 凍てついた滝のように流麗な白金の髪。

 新雪のようにきめ細やかで、深雪のように触れることすら憚られる真っ白な肌。

 長い睫に縁取られた双眸は冷たい水色。

 小柄な身体を包む白と青を基調としたローブはまるで天使の羽衣のよう。


 触れてはいけない存在。

 そう思わせるのに十分な存在感を放つ少女。

 この少女は危険すぎる。

 全ての五感が戦うべきではないと叫んでいた。


 しかし、そんなことより何よりも、今は怒りの感情が全てを上回った。

 私はこの魔法の主を睨みつけながら一歩踏み出す。


「いますぐこの魔法を解除しろ。然もなくば……殺す」


 自分でも汚い言葉を吐いたと思う。

 でも……本気だ……。

 私は両の手を拡げて周囲に魔力を集中させる。


 だが想像以上に身体が重い。

 四肢はピキピキと軋み、氷粒がまとわりついて離れない。

 一瞬にしてフィールドは白銀と化し、膝の下まで雪に埋もれる。

 体温がどんどん下がっていくのがわかる。


「絶対零度。全てが静止したこの世界でまともに動けるのはあなたぐらいですよ」


「貴様……何者だ」


 その言葉を受けて彼女はうっすらと微笑む。

 そして、両手でスカートの裾を持ち上げると、片足を斜め後ろに引いて頭を垂れる。


「お初にお目にかかります。創造の六天魔導士オラシオン・ディオス。シルフォリア・ローゼンクロイツ嬢」


 スッと上げられた水色の双眸が私を捉える。


「私は新・創世教――厄災司教『氷禍』――シエラ・スノエリゼ――でございます。以後、お見知りおきを」



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