§038 会敵
「……スコット」
俺は突然の来訪者を睨みつける。
スコット・バルムー。
バルムー公爵家の嫡男にして、風属性と雷属性の二属性の保有者。
肩まで伸ばした茶髪、耳の三連ピアスはそのままだが、前回のカジュアルな装いとは異なり、今日は地面につきそうなほどに長いマントのようなローブを羽織っている。
これが彼の戦闘時のスタイルなのだろう。
彼は例の一件のあと、シルフォリア様にきつくお叱りを受けているとのことで、それなりに反省はしているのだろうが、事が事だっただけに心中穏やかではない。
セドリックとの一騎打ちを邪魔されたというのももちろんあるが、やはり彼がレリアのことを『呪われた聖女』呼ばわりしたことが俺はどうにも許せないようだ。
どうしても負の感情が先行して彼を見てしまう。
「スコットってことは……例の二属性の保有者か」
セドリックが俺の言葉を拾って独り言のように呟いた後、一歩スコットの方に歩み寄る。
「これはこれはスコット様。お初にお目にかかります。僕はレヴィストロース家の嫡男、セドリック・レヴィストロースでございます」
わざとらしく深々と頭を下げるセドリック。
あまり世事に興味がないセドリックでも、スコットが二属性の保有者で、公爵家の嫡男であることは知っているようだ。
「スコット様は大変貴重な二属性の保有者と伺っております。せっかくの機会ですので是非お手合わせ願いたいと思うのですが、生憎、今はこちらの者と一騎打ちの真っ最中でございますゆえ、どうか手出しはご遠慮いただきたい。なに、そこまで時間は取らせません」
礼節をわきまえた対応をしているように見えるが、言葉の端々から「邪魔をするな」という感情がありありと見て取れる。
まあ、セドリックのことだからわざと威圧的な雰囲気を出しているのだろうが。
「…………」
しかし、セドリックの問いかけに何の反応も示さないスコット。
俺はこの状況にどこか違和感を覚えた。
何かがおかしい。
俺が学園の中庭で会ったスコットはこんなにも寡黙なやつだっただろうか。
それによく見れば、目は虚ろで焦点が合っているようには見えない。
まるで感情が抜け落ちた人形のようだ。
ん? それにスコットはさっきどんな攻撃をした?
氷柱? 『氷』ということは水属性魔法の一種のはずだ。
そうなると尚更おかしい。
スコットは風属性と雷属性の二属性の保有者のはず。
水属性の魔法が使えるわけがないのだ。
何か決定的なものを見落としている気がして、俺は改めてスコットに目を向ける。
するとそこに違和感の正体があった。
首元の刺青。
中庭で相対した時には無かったものだ。
俺はこの刺青に見覚えがある。
レリアを追ってきた上級魔導士の腕に彫られていたものと全く同じものだ。
その瞬間……俺ははたと気付く。
同時に冷たい空気が通り過ぎたように感じた。
「……り……ぁ……」
スコットの口元が小さく動く。
「セドリック! 避けろッ――」
俺が言い終わるより前、先ほどと同様の氷柱の波がセドリックに向かって放たれた。
「ぐっ――」
セドリックはスコットに対して臨戦態勢を取っていなかったことから一瞬反応が遅れた。
かろうじて【焔の魔法剣】で迫りくる氷柱を受ける。
が、勢いのついた波動には勝てずに、遥か後方へと弾き飛ばされる。
「セドリック!」
俺は思わず叫び声を上げる。
セドリックは地面に勢いよく叩きつけられ、口から血反吐を吐き出す。
「……ジャマ……するな」
スコットが機械のようにボソリと呟き、すぐさま新たな詠唱に入る。
俺は視線をスコットに戻すと、即座に魔法陣を展開。
「ほとばしれっ! ――深紅の閃光――」
赤く閃光した紅蓮弾が超高速で射出される。
頼む! 届け!
しかし、着弾より一瞬早くスコットの詠唱が完了する。
「――氷結魔法・冬の牢獄――」
冬。
まさにそれを感じさせる魔法は、俺の深紅の閃光をいとも容易く打ち消した。
そして、刹那、時が止まったような静寂が訪れ――
途端、先ほどとは比べ物にならない数の氷柱が狂気なまでに咲き狂った。
波なんて陳腐なものではない。
これは津波。
全てを凍てつかせんとする氷の暴力。
俺はレリアを抱きかかえると、地面から突き出た氷柱を身を捻ってそれを躱す。
「――くっ」
何とか直撃は免れたが、今なお枝葉を広げながら隆起している鋭利な氷柱が腕を掠めた。
世界が氷壁の海と変わり、視界は完全に遮断される。
俺はレリアを引き寄せると、多重展開の領域を展開してアイリス達を探す。
斜め後方。
俺は大声で叫ぶ。
「アイリス! 無事か!」
「は、はいぃ、なんとか。 でも氷に囲まれて身動きが取れないですぅ……」
アイリスの震えた声が返ってくる。
とりあえず攻撃が直撃しているということはなさそうだ。
レリアが袖を引っ張ってきたため、目を向ける。
「ジルベール様もお気付きだと思いますが、スコット様は洗脳魔法で操られています。おそらく強制的に氷魔法因子を埋め込まれて暴走状態にあるのかと」
「やはりあれは洗脳魔法か」
どうやらレリアの目にもスコットが操られているように映ったようだ。
「はい。早く正気に戻さないとかなり危険な状態だと思われます」
いまの状況を冷静に、そして迅速に分析する。
敵はスコット1人。だが何者かの洗脳魔法によって操られている模様。
それに対して、こちらの人数は4人。
人数では勝っているが、レリアとアイリスは戦闘には不向きだ。
ユリウスは先の魔法陣によって戦闘不能。
いくらアイリスの回復魔法が付与されているとは言え、ユリウスが戦闘に加わることは望み薄だ。
そうなると実質の戦闘要員は俺一人。
セドリックの状況はわからない。無事だとは思うが氷結魔法の直撃を受けていることから無傷ということはないだろう。
ここまで整理したところでレリアに声をかける。
「とりあえずあいつを止めよう。俺が超重力の罠で奴の動きを封じるから、レリアは例の闇魔法でどうにか『約束』を取り交わしてくれ。もしかしたら、その洗脳とやらを上書きできるかもしれない」
レリアがコクリと頷くのを確認して、今度はアイリスに向かって声を張り上げる。
「アイリス! アイリスはユリウスを連れて逃げてくれ! 俺はレリアを守るので精一杯で二人に意識を割いている余裕がない! 俺の声が聞こえたら返事をせずにそのまま出来るだけ遠くへ逃げてくれ! そして可能であればこの状況をシルフォリア様に伝えてくれ! 残りたいという意見は却下だ! 反論は受け付けない!」
アイリスは優しい子だ。もしかしたら「残って戦います」と言い出すかもしれない。
だから少しキツイ言い方になってしまったが、あらかじめその芽を潰しておく必要があった。
それに俺はある確信があった。
この事態を発生させた首謀者の狙い。
それは確実に『レリア』だ。
レリアをさらおうとしていた上級魔導士とスコットが同じ刺青を入れているのがその証拠。
となるとここに残る方が危険なのだ。
もし俺の予想が勘違いではないのであれば、もはや入学試験どころではない。
事態は一刻を争う。
そうであれば、国内で最高峰の実力を誇るシルフォリア様に助けを求めるのが一番だろう。
俺は一瞬だけ多重展開の領域に意識を集中させて、アイリス達が退避したのを確認する。
アイリスが小さい身体でユリウスを頑張って背負っている情報が脳内に流れ込んでくる。
よし……退避は大丈夫そうだ。それじゃあ俺達も……。
そう思った矢先、多重展開の領域が期せずして何者かの影を捉えた。
こちらに近付いてくる……男……?
(パチパチパチ)
すると、多重展開の領域を通さずとも聞こえる距離から、突如、拍手のように手を打ち鳴らす音が聞こえてきた。
同時に俺達の周りにせり立っていた氷柱が、まるでその者を迎え入れるかのようにゆっくりと氷解し始める。
視界に映る。
そこに立っていたのは、不自然と言えるまでに青白い顔をした男だった。
白髪に色白の肌。鋭利な目尻に水色の瞳。
白色の外套に青いシャツと全てが寒色で統一されている。
見た瞬間に理解した。
――敵。それも相当やばい。
彼から漏れ出る魔力は涼しげでありながらも、触れてはいけない禍々しさを包含している。
いままで出会った中で誰よりも悪意に満ちた魔力を放つ男だった。
男は周りの氷柱が消失したのを見届けると、拍手を止めて静かに口を開く。
「その判断力。素晴らしいこと、この上ないな」
「お前が黒幕か」
俺はその者を睨みつけて問う。
「黒幕?」
その言葉を聞いて、ははっと軽い笑いを含ませる。
「僕がそんな大層な者に見えるかい? 僕なんかあのお方と比べたら塵芥同然の存在だよ」
「お前がスコットに洗脳魔法をかけたんじゃないのか」
「洗脳魔法? 失礼だな。僕は彼の奥底に眠る感情を解き放ってあげただけだよ。偶然にも彼と僕は目的が同じだったみたいでね。つい意気投合してしまったんだ。だから今日は彼にこの場まで導いてもらったんだ」
「目的は……レリアか……」
男はふっと鼻を鳴らす。
「そこまでわかってるなら話が早いね。いやー迅速なこと、この上ないな」
男は感心の声をあげると、背筋を正して一歩前に踏み出す。
「申し遅れた。僕は新・創世教――厄災司教氷禍・専属護衛騎士――クラウン・イスベルグ」
そう言いながら、その男は仰々しく礼をした。
「唐突な上、不躾で申し訳ないが、レリア・シルメリア様は僕たち新・創世教がもらい受ける」
――全ては世界奉還のために