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§035 卑怯者

「い、痛い。痛いですぅ」


 急いで駆けつけた先には、俺が先ほど――多重展開の領域ドミネーティング・フィールド――を通して見たのと同様の光景が拡がっていた。


 男女の受験生が相対している状況。

 しかしその戦況は一方的。

 男の方は弓のような武器を片手に持ち、それをこれ見よがしに振り回す。

 一方の女の方は、尻もちをつき、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、許しを乞うようにひたすら謝罪の言葉を述べている。

 女の足には男が放ったのであろう光の矢が突き刺さっており、どくどくと流れ出る鮮血がなんとも惨たらしい状況だ。


 その凄惨な光景を目の当たりにしたレリアは思わず息を飲む。


「あの二人は確か……」


 レリアも気付いたようだ。

 特徴的な弓を持つ緑色の髪の男――ユリウスと、セミロングの黒髪が目にかかり気味な女の子――アイリス。

 一次試験で俺達に敗北した例の「不釣り合いなペア」だ。


 彼らは一次試験の敗北者。

 魔石を所有していない可能性が高いと言えるだろう。

 だから俺達がわざわざこんな危険を冒してまで出張ってくる必要は本来ない。


 ただ……俺は血で赤く染まった彼女の足に目を向ける。


 もちろん魔法による戦闘は試験の範囲内。

 禁止されているのは『殺傷行為』のみだ。

 そのためルール上問題があるわけではない。

 とは言え、この仕打ちはさすがにひどすぎるのではないだろうか。


 仲間割れなのだろうか。

 アイリスが抵抗する間もなく一方的にやられたことが窺える状況。

 光の矢はアイリスの足を軽く貫通している。

 しかも、彼女を地面に縫い付けるが如く両の足にだ。


 俺はこの光景を『多重展開の領域ドミネーティング・フィールド』を通して見ていた。

 だが、実際に目の当たりにするのでは受ける印象もインパクトも違う。

 少しずつ頭に血が昇っていくのを感じた。


「いくら試験とは言え、これはやりすぎだろ!」


 俺はユリウスに向かって全力で叫ぶ。

 そこでやっと俺達の存在に気付いた二人がこちらに目を向ける。


 ユリウスは招かれざる客に不快な表情を見せる。

 だがそれも一瞬のこと。

 すぐさま貴族然とした貫禄のある表情に戻し、ふんと鼻を鳴らす。


「ああ、誰かと思えば卑怯者か。またオレの邪魔をしにきたのか」


 一次試験の勝者の突然の登場にもかかわらず、ユリウスの声は非常に冷静だった。


「卑怯者? 何のことだ」


「あ? そんなの自分がよくわかってるだろ?」


 ユリウスは俺の反応にいささかの苛立ちを覚えたようで、若干語気を強める。


「お前は一次試験の場で無詠唱で魔法を発動した。あの魔法は『魔法陣』だろ?」


「だったらなんだって言うんだ」


「ふ、自分の非を認めたな。魔法陣は描くのに膨大な時間がかかる。つまりお前は事前に魔法陣を闘技場に仕込んでおいたんだよ」


 ああ、なるほど。

 こいつは【速記術】の存在を知らない。

 だから俺が魔法陣を即座に発動できたのは、事前に闘技場に魔法陣を描いていたからだと言いたいのだ。

 そんなあまりにも的外れな意見に俺は思わず嘆息してしまう。


「事前に魔法陣を仕込むって闘技場の場所はランダムだっただろ」


「不可能じゃないはずだ。お前たちがペア登録を誰よりも早く済ませていたのが何よりの証拠だ。それは登録番号から闘技場の場所が決定されることを知ってたからだろ?」


 どうしたらそんなありもしないことを思い付けるのだろう。

 そう思ってレリアに目を向けるが、彼女も眉をひそめて残念そうな顔をしている。

 こいつには何を言ってもダメだと悟った俺は話題を切り替える。


「それよりお前はなんでその女の子を攻撃してるんだ。一次試験の時はペアだったじゃないか」


「攻撃?」


 その言葉に明確に不快な表情を見せるユリウス。


「違うな。これはしつけだよ」


「躾……? 彼女が何をしたというんだ」


「こいつはあろうことかオレ様が大切にしているローブを疵物にしやがったんだ」


 それに対してアイリスはぶるんぶるんと首を振る。


「ち、違いますぅ。わたしはユリウス様のローブに虫がついていたので取って差し上げようと……」


「お前は黙ってろ!」


「ひぃ!」


 ユリウスの大声に怯えたように身体をビクッとさせるアイリス。


「お前、そんなことでこの子を……」


「さすがにひどすぎます」


 声を合わせる俺とレリア。

 それを見てユリウスは冷ややかに嘆息する。


「卑怯者の次はヒーローごっこかよ。お前らはアイリスのなんだっていうんだよ。部外者が口を出してくるんじゃねーよ。それに……」


 そう言ってアイリスの足に目を向けるユリウス。


「こいつの足、見てみろよ」


 ユリウスの視線の先。

 濃紺のローブから伸びる彼女の白い足を見て、俺とレリアは思わず息を飲んだ。

 なんとさっきまで血に染まっていた足が完治しているのだ。

 流れ落ちた血はそのままに、光の矢は露と消え失せ、痛々しいまでに貫通した傷は完全に塞がっている状態だった。


「どうだ、すごいだろ」


 ユリウスは自慢げに話し出す。


「こいつ、平民のくせに魔力量はかなりのもので治癒魔法は一級品。この程度の怪我ならすぐに治っちまうんだよ。これならどんなに痛めつけても壊れないだろ。確かに鈍くさいやつだがこの治癒魔法だけは買ってやってるのさ」


 そう言って高笑いをあげるユリウス。


 確かに傷は塞がっているようだ。

 この女の子も気が弱そうに見えるが王立セレスティア魔導学園の受験生。

 魔法の素養はかなりのものなのだろう。

 ただ、それとこれとは話が別だ。


 たとえ傷を治せたとしても、当然痛みは感じるだろう。

 仮に痛みを感じないとしても、そのことをもって相手を痛めつけていい理由にならない。


 俺の行動が偽善であることは百も承知だ。

 けれど、いざユリウスがアイリスを蹂躙している光景を目の当たりにしたら、一次試験の時のことを思い出してしまった。


 ユリウスのアイリスに対する態度。

 アイリスの怯え媚びたような瞳。

 そして、どうにかしてあげたいと思いつつも侯爵家という名前の前に屈してしまった俺の心の弱さ。


 これらのことが相まって、見殺しにできない、そう思ってしまったのだ。


「レリアごめん。俺はあの子を助ける。さすがにこの状況を見過ごしたら寝つきが悪い」


 俺はレリアにそっと告げる。

 今までレリアがこの手の提案に反対することはなかった。

 当然、賛成してくれる。そう思っていた。


 しかし、この時は若干いつもと雰囲気が違った。

 俺の言葉を聞いた瞬間、本当に一瞬だったが、表情を曇らせたように見えたのだ。

 俺は終始ユリウスに視線を向けていたため、レリアに視線を移したのは一瞬だった。

 だからもしかしたら俺の勘違いだったかもしれない。

 けれど俺はレリアが気になって視線を完全に視線を移す。


「ジルベール様がお決めになったことなら従います」


 しかし、そこにいたのはいつものレリア。

 特に不快な表情を浮かべてるわけでもなく、俺の提案に素直に頷いている。

 どうやら勘違いだったようだと気を引き締めて、視線をユリウスに戻すと、俺は臨戦態勢の構えに入る。


「あ、やる気か? ここは一次試験の時とは違うんだぜ。事前に魔法陣を仕込むことができない完全にフェアな状況。そんな状況で卑怯者のお前がオレ様に勝てると思ってるのか?」


 そう言いながらも俺の方に身体を向けるユリウス。


「オレ様は細かいことは気にしないたちだが、お前が卑怯な技を使わなければ一次試験の勝者はオレ様だった。そう考えると虫唾が走るよな。一次試験で恥をかかされた分の痛みぐらいは味わってもらうか」


 そう言ってユリウスが例の光の矢を顕現させる詠唱を開始しようとした瞬間――


「――超重力の罠(グラビティ・バインド)

「は?」


 呆けた声とともに、ドスンという鈍い衝撃音が木霊する。


「きゃっ! え、え?」


 何が起こったのかわからないアイリスは小さな悲鳴と同時に困惑の声を漏らす。

 その視線の先には地面にひれ伏すように倒れているユリウスの姿があった。



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