§034 索敵魔法
「そういえば先ほどジルベール様は何であの方達がトラップにかかったとわかったのですか? 誰かがトラップにかかると信号みたいなのがジルベール様に届くとかですか?」
森の中を散策中、横を歩くレリアが小首を傾げながら素朴な疑問を投げかけてくる。
「ああ。それはまったく別の魔法だな。実は今日は試験開始と同時に実験も兼ねて索敵魔法も展開してみてたんだ」
「なんといつの間に! でも今朝からジルベール様のことはずっと見てきましたが、そのような魔法を展開してるようには……」
「そうだな。どうやら索敵魔法というだけあって隠密性に優れた魔法みたいなんだ。『魔法陣』自体も無色透明で肉眼ではほとんど見えない。実は今でも索敵魔法は展開してるよ」
そう言って俺はちょうど手の高さくらいの箇所を指でピンと弾いてみせる。
すると、一瞬空間が歪み、蜃気楼のように無色透明な魔法陣が視界に映った。
「あ、ほんとです! 一瞬でしたが何か魔法陣の紋様みたいなのが見えた気がします」
「だろ。一応この魔法陣の効果は、魔法陣に触れたものの場所や形を把握できるといったところかな。つまりは魔法陣を大きく描ければ描けるほど索敵範囲も広くなることになるんだ。今はとりあえず実験として俺を中心として半径100メートル四方で展開しているから、その範囲に誰かが侵入してきたら把握できるということになる」
「なるほど。だからジルベール様は今朝も洞穴や水場の位置を即座に把握できてたわけですね。どれくらいの精度で把握できるものなのですか?」
「五感が研ぎ澄まされる感覚という表現が一番近いかもしれないな。視覚,聴覚,味覚,嗅覚,触覚の情報が頭に流れこんでくる感じだ。まだ魔法を完全に制御できてるわけではないから嗅覚や触覚の感度はいまいちだけど視角と合わせれば、知覚範囲内に入った者の性別、身体的特徴、装備品くらいなら把握できるよ。まあその分割りと魔力は消費するんだけどな」
そこまで言うとレリアは急に顔を真っ赤にして慌てたように両腕で胸元を隠す。
そしてなぜか恨みがましそうに俺のことを睨みつける。
「……ん? どうした?」
「…………」
「…………」
「はぁ。ジルベール様。本当にそういうところですよ」
レリアはどういうわけか残念そうな表情を浮かべて嘆息する。
あれ? 俺が何か変なことを言ったのだろうか。そんな露骨に不機嫌な表情を浮かべて。
まあ、レリアのことはひとまず置いておくとして、俺は今後の動きについて考える。
俺は合格に必要となる魔石は大体50個であると予想を立てている。
受験者数が1000人として、一次試験の勝者は500人。
その500人に対して5個ずつの魔石が付与されているのだから、この二次試験会場に存在する魔石はシルフォリア様の特殊な魔石を除けば約2500個ということになる。
そして、試験に合格できるのは上位50名なわけだから、50個の魔石を保有していれば合格ラインと言って差し支えないということだ。
俺達はその合格ラインである50個には満たないが30個ほどの魔石を保有している。
試験時間もそろそろ半分を過ぎようとしているところ。
ここからはもちろん『奪う』ことも必要だが、ある程度『守る』ことに重点を置く必要があるということだ。
そう思って俺は足を止める。
「ジルベール様?」
「この辺りで索敵魔法陣をもう少し広範囲のものに貼り変えようと思う」
そう言って俺は先ほどの思考フローをレリアに説明する。
「索敵魔法陣は上級魔法に分類されるものになるから、描くのにはそれなりに時間がかかるんだ。その間は無防備になるから少しの間だけ俺を援護してくれるか?」
「もちろんです」
そう言ってコクリと頷くレリアを見届けた上、念には念をで、現在展開中の索敵魔法陣で周囲に受験生がいないことを確認した上で、一度、魔法陣を解く。
半径100メートル四方の陣を描くのに俺が費やした時間は20秒。
俺の【速記術】をもってしても20秒かかるということは普通の魔導士だと……大体1週間以上だろうか。
毎度のことだが【速記術】のような固有魔法でもない限り、とても実戦で使えるレベルではないなと思ってしまう。まあそれだから魔法陣は廃れてしまったのだろうが。
今回は……とりあえずさっきの5倍。
半径500メートル四方の魔法陣に挑戦してみようと思う。
つまり、魔法陣を描くのにかかる時間は1分。
今までの最長が20秒なので、俺が魔法陣を描く時間としては最長記録となる。
俺は集中力を高めるため、静かに瞑目する。
そして、最大限に意識を集中させ、滑るように指を躍らせる。
なるべく大きく。でも繊細に。
すると無色透明のオーラがまるで銀河のように俺を中心となって渦を巻くように展開していくのがわかる。
そして、ついには半径500メートルの隅々までそのオーラが行き渡ったのを感じ取る。
準備は整った。
「――索敵魔法・多重展開の領域――」
そう口ずさんだ瞬間、今までとは比べ物にならない情報が頭の中に押し寄せてくる。
森影に身を潜める受験者、岩山を闊歩する野獣、交戦中の受験生もいる。
ん?
その情報のるつぼの中、とある情景に俺は意識を奪われた。
あれは……。
「………………!!!」
俺はパッと目を見開く。
と同時に先ほど見えた光景に向かって走り出していた。
迷ってる時間はないとの即断による行動だ。
「レリア! 走るぞ!」
「ひーん。もう走ってますよジルベール様」
レリアは悲鳴のような声を上げながら、常闇の手枷の牽引効果によって引きずられるように俺の下についてくる。
そんなレリアに申し訳なさを感じながらも、俺は先ほどの光景の場所まで速度を落とさずに駆け抜ける。
だって、俺の見間違いじゃなければ……あの二人は確か……。