§032 罠
「うおっ! なんだこれ」
「誰か! 助けてくれー!」
「み、身動きがとれねぇ……」
森の中からは戸惑いや助けを求める声が多数。
そんな中、俺とレリアは悠然と歩みを進め、その声の集まる中心へと立つ。
そして、うめき声を上げながら、まるで見えない網に捕らえられたかのように、身動き一つ取れずに辺り一面で跪いている受験生達に視線を走らせる。
「これは大漁だな」
「さすがジルベール様です。作戦通り、うまくいきましたね」
俺とレリアの周りで地にひれ伏している受験生はざっと20名。
俺達は作戦どおり受験生の大量捕縛に成功したようだ。
俺達を認めた者達の全てが敵意を向けてくるこの状況。
しかし、襲い掛かることが叶わずに、受験生の面々はぎゅっと唇を噛みしめている。
「……お前が術者か。これは……一体何の魔法だ」
その中の一人が苦悶の表情を浮かべながらも口を開く。
「へぇ。この重力魔法の中で話せるとは大したやつだな」
俺の口をついて出た感想に、レリアが思わず耳打ちしてくる。
「(ジルベール様。台詞が完全に悪役になってますよ。もしかしたらこの中にも今後同級生になる方がいるやもしれませんので、あんまり悪印象は与えないように)」
ふむ。こうやって捕縛された以上、この受験生達が合格することはもう望み薄だろうとは思うが、せっかくのレリアの気遣いなので、俺は襟を正して男の質問に答える。
「これは『魔法陣』さ」
「魔法陣……だと? そんな古代の魔法をどうして……」
「どうしてって……確かに魔法陣は現代では使われることは皆無かもしれないが、使い方次第では十分強力な魔法手段だ。特にこういう設置型のトラップは魔法陣の真骨頂だろう」
そう言って俺が両手を広げると、辺り一帯に敷設された魔法陣が一斉に輝き出す。
その光景を見て、地面にひれ伏した受験生達が一様に息を飲む。
「これが……全部魔法陣だと……?」
魔法陣とは本来はこのように設置して使うのが一般的であり、俺が当たり前のようにやってしまっている空中に陣を描いて炎の弾丸を飛ばすというのがそもそも異質なのだ。
俺が今現在展開している『魔法陣』は――重力魔法・超重力の罠――。
魔法陣に触れた者を超重力によって拘束する、魔法陣の真髄ともいえる設置型の魔法陣だ。
魔力を消費するのは設置する一瞬で、魔力パフォーマンスが非常によく、重力による捕縛のため剣などによる物理攻撃での破壊も不可。
元々は上級魔法に分類されるもので、通常の魔導士が描くとなると1個当たり数時間はかかる代物らしい。
まあ、俺の【速記術】を使えば1個当たり1秒もあれば描けてしまうため、そのありがたみも薄れてきてしまうのだが。
「まだ試験が開始されて1時間も経っていないのにこんな大量に。……むしろ現代に魔法陣を使える魔導士が残っているなんて聞いたことがない」
「まあかなり特殊な方かもしれないけど、一応俺の得意魔法は『魔法陣』なものでね。この辺りには受験生が集まる気がしたんで普通よりも多めに魔法陣を設置しておいたのさ」
「どうしてオレ達がここに来るとわかった」
男は悔しさを滲ませながら言う。
「そんなの少し考えればわかる。二次試験は12時間のサバイバル耐久戦だ。そして12時間もの間、水を全く飲まない人間はいないだろ?」
そう言って俺は後方に流れるせせらぎに目を向ける。
そう。俺とレリアが考えた作戦の全容はこうだ。
まず俺達は二次試験で重要なポイントは大きく2つあると考えた。
【重要ポイント①】
制限時間が12時間と非常に長丁場であること。
仮に試験が短時間であった場合は、ぼーっとしていたら試験自体が終わってしまう危険性があるため、是が非でも魔石を奪う必要があり、戦闘は激化することが考えられる。
他方、試験が長時間であった場合は、最も憂慮すべきは魔力が枯渇すること。
戦闘中に魔力が無くなるというのは、裸で猛獣のいる檻の中に投げ込まれるのと等しいと言えるからだ。
つまり、受験生は魔力の枯渇を防ぐため、戦闘を極力避けて魔力と体力の温存を図りつつ、索敵を行うことが考えられる。
このことからも、少なくとも試験の序盤では戦闘はそれほど発生しないとの予測が立つ。
【重要ポイント②】
魔石は一次試験の勝者しか保有していないこと。
魔石が一次試験の勝者にしか配布されていないということは、二次試験の開始時点で魔石を保持しているのは受験生の半分だけ。
つまり、半分の受験生は魔石を奪う側、残りの半分の受験生は魔石を守りつつ奪う側になるというわけだ。
ということは、極端な話として、魔石が配布されていない受験生は失う物がないわけだから、重要ポイント①で言ったペース配分などを気にせずに魔石を奪いに動く可能性が高いと言える。
他方で、魔石が配布されている受験生は魔石を奪う以前に魔石を守る必要があるため、魔力の温存の観点から、重要ポイント①のセオリー通り、序盤の戦闘を避ける可能性が高いと言える。
以上を総括すると、①序盤は体力温存の観点から積極的な戦闘を避ける傾向にある(ゆえに魔石保有数に大きな変動は起こらない)、②序盤に動く受験生は魔石を保有していない受験生である可能性が高い、ということになる。
となると、俺達のような一次試験の勝者は、魔石を保持していない受験生と戦闘をしても何の実益もない以上、序盤は静観し、全ての受験生が積極的に動き出すと考えられる後半に注力することが合理的と言えるだろう。
が、俺とレリアはそこを敢えて逆手に取ることにした。
俺達は試験開始直後から四方八方を駆けずり回り、魔石保有者が戦闘を避けるために身を潜めそうな場所や、絶対に立ち寄りそうな場所、すなわち洞穴や水場などに魔法陣を設置しまくったのだ。
「まあさすがに一度にこんな大人数を捕縛できるとは思ってなかったけどな。見たところ、一つの集団だな。徒党を組んで試験を乗り切る作戦ってところかな」
「くぅ……罠を張るなんて卑怯な真似を……貴様はそれでも由緒ある王立セレスティア魔導学院の受験生か!」
受験生の一人が噛みつくような大声を出す。
「卑怯? シルフォリア様も言ってただろ? 謀略、計略、何でもありの魔石争奪戦だと。シルフォリア様だって罠を張る生徒がいることなんてとっくにお見通しだったと思うぞ?」
そう言って俺が男の受験生を見下ろすと、男は苦々しい表情を浮かべる。
「それじゃあ、そろそろレリアの出番かな」
「はい。じゃあ私も作戦通りに」
レリアはそう言うと先ほど大声を張り上げていた男の受験生に近付く。
そして、地面に這う男に目線を合わせるように立膝をつくと、胸の前で手を組んで短い詠唱を口ずさんだ。