§031 二次試験
二次試験の日を迎えた。
会場に集められた受験生はシルフォリア様の空間転移魔法により、すぐさま試験会場である『月影の森』に転送された。
「ここが月影の森か……」
俺は辺りを見回すが、そこは木々が生い茂り、昼間であるにもかかわらず日光が地上まで届かないくらいの鬱蒼とした森だった。
説明によると受験生は等間隔に配置されているとのことだが、周りに他の受験生の気配はない。
それだけこの森が広大であることを表しているようだ。
俺はあれだけ苦労した空間転移魔法をシルフォリア様はいとも容易く、しかもこんな大人数に行使していることに若干のショックを受けつつも、横に視線を移して、シルフォリア様でも無効化できなかった例外の存在にホッと胸を撫でおろす。
そう、レリアだ。
等間隔に配置されているはずの受験生だが、例の如く、レリアは『常闇の手枷』の効果によって、ばっちりと俺の隣をキープしていた。
俺に引き寄せられる側のレリアは正直なところ中々の恐怖体験ではないかと思うが、意外にも「もう慣れました」なんてたくましいことを言っている。
『はーい。受験生の諸君。聞こえるかな? 本日の試験を統括するシルフォリア・ローゼンクロイツだ』
ほどなくして脳内に直接語りかけるような声が響き渡る。
念話だ。
声の発信者は学園長であり六天魔導士でもある、おなじみシルフォリア様だ。
その時、ふと違和感に気付いた。
「あれ……? なんか今回の念話は一次試験の時と比べて気持ち悪さがないな。なんか普通に電話しているみたいだ」
「確かにそうですね」
レリアも同意する。
「もしかしたら、念話も魔法ですし、術者の能力や魔力に依存するのかもしれないですね。今回は発信者がシルフォリア様なので、以前と比べてスムーズなのでは」
確かにレリアの言うことはもっともだ。
この入学試験を通して、シルフォリア様の化物具合は、身をもって体感してきた。
特に圧巻だったのが、レリアが暴走した時に見せた固有魔法――世界創造魔法・破滅の創造者――世界を救済する祈り。
あの魔法はおそらく『魔法陣』だ。
俺はあの日、確かに白色光を放つ超大型な『魔法陣』が顕現するのを見た。
でも、正直なところ、今の俺にあれが描けるかというと全く自信がない。
次元が違うと言ってしまえばそれまでだが、これ以上に適切な言葉も逆に見つからない。
それを証拠に、シルフォリア様は、俺が決死の覚悟で発動した空間転移魔法の改良版のような魔法を今さっき展開し、受験生全員をこの広大な『月影の森』に等間隔に配置してみせたのだ。
そして、極めつけは、この念話。
全くノイズが入らないのは当たり前。それを受験生1000人に対して、同時に行っているのだから、さすがは六天魔導士と言わざるを得ない。
とまあ、上ばかりを見ていても仕方がない時もある。
今回は前回の一次試験とは違い、俺は自分の力を惜しみなく出し切るつもりだ。
それに今回はレリアもいる。
もう魔法が使えないレリアじゃない。
二次試験こそが本当の意味での俺とレリアの初戦なのだ。
『さてさて、ルールは昨日説明したとおりだけど、念のため、簡単におさらい。今回はこの『月影の森』で繰り広げられる謀略、計略、何でもありの魔石争奪戦――サバイバルマッチだ。そして、最終的な魔石保有数の上位者50名程度に我が王立セレスティア魔導学園入学の切符を手渡そうと思っている。皆、心して臨むように』
そのシルフォリア様の激励に呼応するように、森の至るところから雄たけびのような声があがる。
『ふふ。受験生も気迫十分のようだね。結果が楽しみだよ。あ、一つだけ注意事項がある。確かに原則としては何でもありなのだが、殺傷行為だけは禁止だ。もし、殺傷行為が認められた場合は、その者を即時失格とする。私とて全知全能ではない。この『月影の森』は1000ヘクタールの広大な敷地だ。念話を飛ばすことくらいは可能だが、私の索敵魔法をもってしても、この森の全てを見渡すことはできない。そのため、私は試験制限時間の12時間、『月影の森』の森を巡回する』
ただ……と言ってシルフォリア様が続ける。
『ただ見回りをするだけでは私が退屈なので、私もこの入学試験に参加しようと思う』
「ぶはっ?!」
俺はシルフォリア様の突拍子の無い一言に思わず吹き出してしまった。
念話は一方的な通話機能のため、当然俺の言動はシルフォリア様には伝わってないはずなのだが、彼女はまるで俺達の反応が見えているかのように、さも愉快そうに続ける。
『ああ、もちろん私から積極的に攻撃を仕掛けることはないが、受験生諸君からは私に攻撃を仕掛けてきて一向に構わない。そして、私が持っている特殊な魔石を奪うことができたら、その者にボーナスポイントとして魔石100万個分の100万ポイントを付与するものとしよう』
「「ぶへっ?!」」
今度は俺だけではなく、レリアも吹き出していた。
そして、シルフォリア様の発言に思わずツッコミを入れたくなる衝動に駆られる。
俺達に渡されている魔石がせいぜい数個単位なのに100万個分って……。
一発逆転どころではないじゃないか。
あのお遊び好きのシルフォリア様のことだから、二次試験にも何かあるのかもしれないと薄々思ってはいたが……。
おそらくはシルフォリア様は端から自分も入学試験に参加するつもりだったのだろう。
そして、それを最大限に楽しもうとしている。
彼女が入学試験を「入学試験」と言ったのがいい証拠だ。
本当にふざけた人だと、俺はため息をつく。
しかし、シルフォリア様から積極的に攻撃を仕掛けることはないということだし、触らぬ神には祟りなしだ。
仮にその100万ポイントの魔石を手に入れる受験生がいたとしても所詮は1人。
その1人の合格が確定しても、残りの49人に入れば学園には合格できる。
すぐにその思考まで行きついたために、俺はレリアに話しかける。
「レリア。今の話だけど、仮にシルフォリア様と遭遇してもとりあえず無視しよう。わざわざ彼女のお遊びに付き合ってやる必要はない」
「はい。それが無難そうですね。あのシルフォリア様が本当に大人しく私達を見逃してくれるかは疑問ですが」
レリアの言葉が核心を得すぎていて一瞬言葉を失いかけたが、俺達はやれるべきことをやるだけだ。
「とりあえずは昨日立てた作戦通りに行こう。イレギュラーは当然発生するかもしれないが、その時はレリアの闇魔法で援護をしてくれ」
そう言うと、レリアは嬉しそうに頷く。
「はい! なんだか……ジルベール様にこうやって魔法をお見せするのは少し恥ずかしいですが、精一杯フォローさせていただきますね。私の闇魔法……少々刺激的だと思いますよ?」
そう言って「うふふ」と微笑むレリア。
昨日の慰霊碑前での一件を経て、レリアのキャラが以前と少し変わってしまったような気がしなくもないが、きっと打ち解けてきた証拠なのだろう。
『それでは準備はいいかな?』
シルフォリア様の声が響き渡る。
――ただいまより二次試験を開始する!――