§029 誓い
ひっく……うっぐ。
レリアは顔を両手で覆い隠して、もう声を抑えることもなく、泣きじゃくっていた。
そんな中でも、嗚咽を漏らしながら、唇を震わせながら、必死に言葉を絞りだそうとしてくれている。
「私は……どうしてもジルベール様にだけは知られたくなかったのです」
レリアは心の声を吐露するように話し出す。
俺はそれに合わせて優しく相槌を打つ。
「私は……私のことをオーディナル・シルメリアの娘ではなく、レリア・シルメリアとして見てほしかった」
レリアはすっと目を伏せる。
「でも、ジルベール様にオーディナル・シルメリアの娘であると知られてしまった以上、それは叶わない。そんな世界で生きていても辛いだけ。それであればと思って……ジルベール様のおっしゃるとおり、私は世界を『私の存在しない世界』に創り変えようとしました」
静かに話そうとした声は、少しずつ上擦った声音に変わっていく。
「その結果があれです。シルフォリア様のおかげで事なきを得ましたが、ジルベール様に多大な迷惑をかけてしまって……もう一緒にはいられない。そう考えました」
そこまで言ってレリアは顔を上げる。
「でも……そんな温かいお言葉をかけていただいたら……一緒にいたいと思ってしまうのは当然じゃないですか」
レリアは涙でぐしゃぐしゃになった顔で精一杯笑ってみせる。
今でも泣き腫らした目からは止めどなく涙が溢れ出ている。
それでも、頬を赤らめ、眩いばかりの笑顔を見せるレリアの姿は、今まで見たどの彼女よりも美しくて、そして、愛おしかった。
この時、俺とレリアの心は確かにつながったように感じた。
「ジルベール様は私のことを一人の女性として見てくださった。ジルベール様は私が最も欲しかった言葉をくださった。ジルベール様は私の固有魔法・世界奉還を受け入れてくださった。そして、ジルベール様は私を守ると誓ってくださった。ジルベール様はずるいです。こんな私に……優しくして……」
そう言ってレリアが俺の背中に腕を回してくる。
「……私、こんなに幸せでいいのでしょうか」
俺はゆっくりと頷きながら、彼女の肩を抱き返す。
すると、彼女は感極まったのか、まるで子供のように泣いた。
盛大なまでに泣きじゃくった。
胸の中でわんわんと声をあげるレリアからは、大粒の涙が何粒も何粒も零れ落ちては服を濡らした。
俺はそんなレリアを静かに見守った。
ひとしきり泣いた後、レリアが口を開く。
「ジルベール様……今日は本当にありがとうございました」
「ああ、少しは落ち着いたようだね」
「はい、おかげ様で。心の整理がつき、新たな決意も固まりました。私の夢は変わらず『魔法で人を幸せにすること』です。そのためにも、私は今まで使用を控えていた魔法の研鑽を積み、やがては世界奉還も使いこなせるような立派な魔導士を目指したいと思います。また、オーディナル・シルメリアの娘として、戦死者の方々の気持ちが少しでも報われるように、私自身が犯してしまった過ちも含めて精一杯の清算をしていこうと思います」
レリアは神妙な面持ちでそこまで言うと、腕の中から俺のことを見上げるように見つめる。
「私の気持ちはジルベール様と魔導学園を受験すると決めたときから何一つ変わっていません。私は今でもジルベール様と一緒に魔法が学べたらと思っております。なので、図々しいことは百も承知ですが、よろしければ今しばらく私のことを隣に置いてはいただけないでしょうか?」
俺はそれに静かに頷く。
「ああ、俺もレリアと同じ気持ちだよ。それに魔法の研鑽なら相手がいた方がいいだろう」
「はい!」
俺の返事を聞いて、不安げだったレリアの表情はパァ―っと花が咲くように笑顔に変わる。
それと同時に元気いっぱいの張りのある声が返ってくる。
この頃にはあれだけ流していた涙もすっかり消えて、ふんわりと穏やかな笑みを浮かべたレリアの姿があった。
心なしか憑き物が取れたかのような晴れ晴れとした表情をしているように見えた。
それから俺達は満点の星空を見上げながら、お互いのことを話した。
レリアの父オーディナル・シルメリアのこと。
固有魔法である闇精霊魔法・世界奉還のこと。
レリアの魔法適性が『闇』であること。
スコットがレリアの元許嫁であること。
そして、もちろん俺が【速記術】によってレヴィストロース家を追放されたことも包み隠さず話した。
ずっとずっと隠していたことだった。
今後も話すつもりのないことだった。
もちろんレリアを信じていなかったわけではないけど、それでも知られたくないことはある。
俺にとって追放の事実は誰にも踏み入ってほしくないトラウマのはずだった。
それなのにレリアに打ち明けた瞬間から、胸の痞えが取れたかのように、ふっと気持ちが軽くなるのを感じた。
追放のトラウマが過去のことになっていく。
この気持ちに導いてくれたのは、紛れもなくレリアだった。
俺はレリアだからこそ追放の事実を話せた。
レリアならどんな過去があろうと受け入れてくれる、そう思えたから。
俺にとって……レリアの存在はそれくらい大きなものになっていたのだ。
そんな中でふと思う。
レリアにとって俺はどういう存在なのかと……。
俺の視線は自然とレリアに向いていた。
「どうかされましたか?」
俺がレリアのことをぼーっと見つめていたものだから、レリアは不思議そうに小首を傾げる。
「い、いや。何でもない」
ただ、なぜか急に恥ずかしくなって俺はレリアから目を背ける。
「あ、ジルベール様ずるいです。先ほど隠し事は無しとおっしゃってたじゃないですか」
レリアはぷぅ~っと頬を膨らませて、不貞腐れたような表情を見せる。
今までのレリアには無かった表情。
それを見て、俺はつい笑い声を上げてしまった。
「レリアもそういう顔するんだな。てっきりいつでも完璧な聖女様なんだと思ってたよ」
レリアは俺が突然笑ったものだから、さらにむくれた表情を見せて、プンプンとばかりに豊満な胸を押し上げるように腕を組む。
「なんですかそれ。私だって拗ねることぐらいありますよ。私は聖女様である以前に女の子なんですから」
「はは、確かにそうかもな。今思うと『常闇の手枷』も外せてないのに『ジルベール様のもとを去ります』とか『試験日間違えましたー』とか、レリアって実はおっちょこちょいなところあるもんな」
「なっ! さっきのは心積もりを言っただけですよ! 常闇の手枷のことだって忘れていません!」
そう言って顔を真っ赤にしてプンとそっぽを向くレリア。
「まあそういうところは女の子らしくて可愛いと思うよ」
「なっ// そういうことをナチュラルに言ってるといつか刺されますので気を付けてくださいね。ジルベール様はまだお分かりになっていないようですけど、私はそれなりに重い女の子なので」
「重い? 前にレリアにのしかかられた時はそれほどではなかったと思うけど」
「もう! その重いじゃありません!」
「あはは、さすがに冗談だよ。俺だってたまには冗談くらい言うさ」
そう言って俺は声を出して笑う。
そんな俺を見て、最初は仏頂面を決め込んでいたレリアだったが、すぐに「いつも眉間に皺を寄せてる堅物さんじゃなかったんですね」と言って、俺に釣られるようにクスクスと笑い出す。
ああ、そうだ。
今、確信に変わった。
俺はレリアのこの笑顔を守りたいんだ。
明日からは二次試験が始まる。
サバイバル方式による魔法石の争奪戦。
今までの戦いとは比べ物にならないくらい厳しい魔法戦が待っているに違いない。
それにいくらシルフォリア様の魔法であの場のことが無かったことになっていても、いずれレリアがオーディナル・シルメリアの娘であることが明るみに出ることがあるだろう。
その時のためにも俺はもっともっと強くならなければならない。
俺がレリアを守らなければならないのだから。
「よし。じゃあここからは明日に備えてみっちり作戦会議だな」
俺の唐突な言葉に、レリアはふぅと溜め息をついて見せる。
ただ、すぐに柔らかな微笑みを浮かべると、髪を耳にかけてこう言った。
「ええ、もちろんお付き合いしますとも。二人一緒に合格するって約束してるんですから」
こうして俺達は新たな誓いを胸に、二次試験に臨むのであった。
これにて第2章【入学試験・一次試験編】は完結です。
次話からは第3章【入学試験・二次試験編】が始まりますので、引き続き応援よろしくお願いいたします。
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