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§025 世界創造魔法

「ここは……?」


 俺は固く閉ざされていた目を開けると、思わずそんな言葉を口にしてしまった。

 視界に飛び込んできた光景が、俺の記憶と整合的でなかったから。


 規則正しく水を吐き出す獅子の噴水。

 等間隔に立ち並んだ樹木。

 綺麗に整備されたアスファルトの地面。


 そこは確かに俺達がさっきまでいた、()()()()学園の中庭だった。

 俺はそこにへたり込むように座っていたのだ。


 思考が追い付かず、必死に記憶の糸を手繰り寄せる。


 この場は確かに、レリアの魔法で地獄絵図と化していたはずだ。

 樹木の大半はなぎ倒され、アスファルトも見るも無惨に宙を舞っていた。

 噴水なんてまるでビスケットを砕いたかのように粉々に崩れ去る様をこの目で見た。


 それなのに……どうして全てが元に戻っているのだ。


 俺はこの違和感を確かめるべく、立ち上がろうとする。

 しかし、その動作は思わぬ形で中断させられた。

 この時初めて、俺は何か柔らかいものを腕に抱きかかえていることに気付いた。


 レリアだった……。


 彼女は目を瞑って、俺の腕の中にすっぽりと収まるように横たわっていたのだ。


 心臓が止まるかと思った。

 最悪の想像が脳裏をよぎってしまったからだ。


「レ、リア……?」


 俺は恐る恐る手を伸ばして、レリアの雪のように白い頬に触れる。

 そして、俺はほっと胸を撫でおろした。


 そこには確かな温かみがあったから。


 念のため、レリアの口元に頬を寄せてみる。

 すると、くぅーくぅーと息を吐き出す音が聞こえた。

 胸も規則正しく上下動をしている。

 レリアはどうやら眠っているようだ。


「よかった」


 俺はつい独り言をこぼす。

 レリアの無事が確認できたことにより、ほんの少しだけ心の余裕が出てきたようだ。

 若干の冷静さを取り戻した俺は、再度、辺りに目を向けてみる。


 すると、さっきまでは取り入れられなかった情報が次々と俺の脳になだれ込んでくる。


 まず中庭。

 そこは日常そのものだった。


 会話をしながら行き交う受験生。

 忙しなく魔石の配布を行う試験官。


 まるでこの場で起こったことを誰も覚えていないように。

 いや、そもそもこの場では何も起きていなかったかのように。


 この状況だけ見れば、どう見ても俺達の方が異端だった。

 学園の中庭でへたり込んでる男と、その男の腕に抱かれて眠る聖女。


 俺は……夢を見ていたのか……。

 でも、あんなリアルな夢……しかも、中庭のど真ん中で……。


「ギリギリ間に合ったようだね」


「!!!」


 そんな思考は、背後から突如として聞こえた声によって中断された。

 その聞き覚えのある声に、俺は即座に振り返る。


 するとそこには――アッシュグレーの髪の女性――六天魔導士オラシオン・ディオスのシルフォリア様が立っていた。


「……シルフォリア様」


 シルフォリア様はカツカツと地面を鳴らしながら、俺の前にやってくる。

 俺はシルフォリア様を前にして、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 シルフォリア様の表情は、俺の記憶にあるどこか遊び心のある表情ではなく、非常に厳しく真剣なものだった。


 地面にへたり込む俺達を見下ろすように立つ彼女。


「随分と派手にやってくれたね」


 怒ってる。

 シルフォリア様の言葉には明らかな怒気が含まれていた。


「この状況は一体……。俺は……確かにレリアの魔法で……この場は黒い炎に包まれて……」


 俺は状況を把握できずに、疑問をシルフォリア様にぶつける。


「無かったことにしたんだ……。レリア・シルメリアの()()()()()()()()()を……」


 シルフォリア様からはぶっきらぼうな口調で冷ややかな言葉が返ってくる。


「まっ、魔法の発動を無かったことに……? そんな魔法が存在するわけ……」


「存在しないから()()()のだ。私の固有魔法『破滅の創造者(スクラップ&ビルド)』で」


「……魔法を創る?」


 その瞬間、俺は思い出した。

 衝撃波に見舞われ、足を掬われたその瞬間、詠唱うたが聞こえたことを。

 そして、その直後に『魔法陣』が顕現したことを。


 あれが……シルフォリア様の……魔法……?


「ふむ……」


 シルフォリア様は俺の質問には答えず、何かを思案するように右手を顎に当てる。


「君はあの場の記憶がはっきりと残っているみたいだね。術者に近付きすぎたがゆえにその影響を完全に取り去ることができなかった、と言ったところか」


 シルフォリア様は自らの考えを確認するように、独り言のようにしゃべる。


「あの……もう少しだけわかりやすく説明していただいてもよろしいでしょうか」


 この言葉にシルフォリア様は鋭い視線を送ってきたが、刹那の思案の後、彼女なりの答えが出たのか、淡々と話し出した。


「レリア・シルメリアが発動した魔法は本来であればこんな場所では使用してはいけない禁呪だ。あのまま彼女が覚醒していたらこの場は……いや、この世界は大変なことになっていた。だから、私はあの魔法の発動を無かったことにする魔法を創った。そこまでは理解しているな?」


「……はい」


 シルフォリア様は頷き、続ける。


「そこまでわかっているなら話は早いよ。『魔法の発動を無かったことにする』ということは、単純な話で、その魔法の影響は消えてなくなるという意味だ。だから、壊れた物も元通りになり、あの光景を目撃した人の記憶も綺麗さっぱり消去される」


 ああ、だから今この場にいる受験生は、何事もなかったかのように日常を送っているわけか。


「まあ、()()もいるけどね……」


 そう言って、視線を俺から自らの背後に向ける。

 すると、そこには顔面蒼白になりながら、地面に尻もちをついているスコットの姿があった。


「彼と君は術者に近付きすぎたがゆえに、その記録が色濃く残ってしまったみたいだ。あと…………」


 そう言いながら、再びシルフォリア様がこちらに向き直る。

 そして……。


「レリア・シルメリアっ! いつまで寝ている! 起きろっ!」


 突如、シルフォリア様が声を張り上げた。

 厳しい表情を浮かべたシルフォリア様から、怒声にも似た声が鳴り響く。

 俺はあまりにも突然のことに反射的に身体をビクンとさせてしまった。


「うぅ……」


 次にシルフォリア様の声に呼応するように、レリアが薄ら目を開けた。


「レリア!」


 俺は思わず声をあげ、レリアの瞳を見つめる。

 その瞳は、先ほどのように黒く淀んでおらず、いつもどおりの透き通った碧色をしていた。

 いつものレリアだった。


 そんな瞳から一筋の涙がこぼれる。

 そして、消え入りそうな声で、うわごとのように呟く。


「ジ、ジルベールさま……ごめ、ん……なさい。わたし……わたし……」


 言葉の直後、決壊したかのように泣きじゃくるレリア。

 涙が止めどなく溢れ、拭う腕を濡らす。


 ただ、俺は心底安心した。

 いつものレリアに戻って……本当によかったと思った。

 シルフォリア様が禁呪なんて言うから……もしかしたら元のレリアには戻らないかもなんて……考えてはいけないことを考えてしまっていたから……。


 俺はレリアを慰めようと、手を伸ばそうとする。

 しかし、それはシルフォリア様の言葉により制せられた。


「レリア・シルメリア。いくつか聞きたいことがある」


 俺は底冷えがするようなオーラに思わず、シルフォリア様に視線を向ける。

 そんな彼女は……レリアのことを真っすぐに見つめていた。


「心して答えよ。返答によっては、私は君を罰せなければならなくなる」


 その言葉は、俺が今まで聞いたシルフォリア様の言葉で、最も強く、最も冷たいものだった。



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