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§022 呪われた聖女

 俺にはこの男の言った単語をすぐさま理解できなかった。


 ――『呪われた聖女』――


 俺はこの瞬間に今更ながら思い出した。

 レリアが森の中で襲われていた時に、相手の男が彼女のことを『聖女様』と呼んでいたことを。

 『聖女』とは聖職者の中でも特殊な力を持って生まれてきた者の呼称だ。

 仮にレリアが『聖女』だとしても、司教の娘ということであれば『聖女』と呼ばれていても何も不思議なことはない。

 そう思って、俺はこの事実をどこか記憶の片隅に追いやっていたのだ。


 しかし、冠に『呪われた』という単語が付くと話は別だ。

 それではもはや俺の知っているものではない。


 そんな俺の心境を読み取ったのか、スコットが饒舌に話し出す。


「なんだその顔は。もしかして、この女が『呪われた聖女』だということも知らずに一緒にいたのか? 随分と親しげだったから当然知ってるものだと思っていたが」


 スコットは「あーはっはっはっはっ」と盛大に高笑いを上げる。


「なーんだ、()()()はその男に話してなかったんだな」


 スコットはレリアのことをまるで旧知の間柄のように『()()()』と呼び、俯くレリアを覗き込むように顔を潜りこませ、愉悦と陰惨で満たされた笑みで言う。


「知らないなら教えてやるよ」


「やめてっ! 言わないで!」


 途端、レリアが今までに出したことのないような悲痛な叫び声をあげる。

 しかし、スコットは止まらない。


「その女はな――10年前、世界を混沌に陥れた【厄災の大司教】オーディナル・シルメリアの娘なんだよ――」


 その言葉に俺は思わず息を飲んだ。


 厄災の大司教――オーディナル・シルメリア。

 その名前を知らない者はいないだろうほどに有名な人物。

 10年前、我が国の歴史上、最も凄惨な大災害『終焉しゅうえん大禍たいか』を引き起こした大罪人の名だ。


 彼は自らを『創世教・厄災の大司教』と名乗り、圧倒的な闇の力で王都に侵攻したのだ。

 特に彼が率いた『厄災司教やくさいしきょう』と呼ばれる精鋭部隊の力は群を抜いており、王都に壊滅的な被害を与え、一説によると一日にして国土の10分の1が消失したとの話だ。


 そんな凶報は当然俺の家、レヴィストロース家にも届いた。

 当時の俺はよわい五歳。

 もちろん全てを理解できていたわけではないが、辺境伯である父にも魔導騎士としての強制徴兵がかかったくらいなので、大変なことが起きていることは容易に理解できた。


 最終的には、『終焉しゅうえん大禍たいか』は、七日間の戦闘をもって終結した。

 結果としては、王国側の勝利。

 オーディナル・シルメリア率いる『創世教』は、この時をもって壊滅した。


 しかし、王国側の被害も甚大で、最も衝撃的だったのは、当時、最強の名をほしいままにしていた六天魔導士オラシオン・ディオスの大半が命を落としたということだった。


 その厄災の大司教――オーディナル・シルメリアの娘が……レリア……だって……?


 俺はあまりの衝撃に、横に立つレリアに視線を向ける。


「わ、たしは……」


 レリアは憔悴しきったようにポロポロと涙を流し、何かうわごとのようなことを呟いている。

 そんなレリアを見たスコットは更に調子づいて声高にレリアを罵倒し続ける。


「それで笑い話なのがよー、こいつの魔法適性、あろうことか『闇』なんだってよ? どう思うよこの事実。普通は聖職者って言ったら『光』だろうよ。それが『闇』ってさすがは『厄災の大司教』の娘だよな」


「それで、人の役に立ちたいとか言うんだから、本当に救いようがねーよな。誰が『厄災の大司教』の娘に救われたいと思うんだよ。自分の立場をわきまえろっていうんだ」


「いいかレリア、ここはお前みたいな穢れた血が来るところじゃねー! そもそもお前のような()()が、この世界で未だにのうのうと生きていることが罪なんだよ!」


 がーぁああはっはというスコットの声が木霊する。

 それと同時にレリアは力なく地面にへたり込む。


 俺は自分の判断の遅さを後悔した。

 あれだけレリアと一緒に魔法の勉強をするんだと、絶対に合格するんだと心に刻んでおいて……俺は……スコットの……『厄災の大司教』という言葉を聞いて、レリアを助けることを一瞬、躊躇してしまった。


 俺は刹那の思考でわかっていたはずだ。

 自分が厄災の大司教の娘であるという事実が……俺にも最後まで明かしてくれなかった「()()()()()」だということを。


 レリアが絶対に誰にも知られたくなかった秘め事。

 それをこんな公衆の面前で暴露された挙句、「生きていることが罪」とまで言わせてしまった。


 ……それなのに……俺は何をしているんだ……。

 ……俺は一人の女の子の笑顔すら守れないのか。

 【速記術】とか『魔法陣』の前に、男としてやらなければならないことがあるだろう。


 俺はギリッと歯を噛みしめる。


 レリアはレリアだ。

 厄災の大司教の娘だろうと関係ない。

 俺が失意していたときに精一杯励ましてくれて、俺が不安だったときはいつも寄り添ってくれて、俺が成功したときは一緒に喜んでくれたのは、紛れもなくレリアだ。


 レリアは間違いなく仲間。


 それに仇なす者。

 それが公爵家の人間だろうと、二属性の保有者ダブル・ホルダーだろうと関係ない。

 レリアの笑顔を奪うやつを……許せるわけがない!!


 俺はもはや怒りの感情を隠すことなく、ズザッと足を踏み鳴らして前に出る。


 しかし、その瞬間、風が吹き荒び、空気が震え、大地が揺れた。

 俺にはまるで世界が()()()ように見えた。

 即座に俺は足を止め、レリアの方に向き直る。


 その時……俺の目に映ったのは……身体中から黒い闇の炎を放つレリアの姿だった。



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