§021 二属性の保有者
全ペアの一次試験が終了した後、受験生は最初に集合していた中庭に集められていた。
そして、一次試験の勝者ペアには魔石が5個ずつ付与される。
その中には当然、あいつの姿もあった。
噴水を取り囲むように段々になっている階段に足を投げだして、付与された魔石をお手玉のようにポンポンと虚空に投げる男。
我が弟、セドリック・レヴィストロース。
ただ、前回の邂逅とは違い、俺の心がかき乱されることはなかった。
もちろん多少は意識してしまっている以上、こうやって視界の端では捉えてしまう。
でも、俺は至って冷静だった。
俺が冷静でいられるのは、昨日の一次試験が自信につながっているというのもあるだろう。
「それにしても、昨日のジルベール様はすごかったですね。魔法陣をバンバン発動しちゃうんですもん。私の出番なんて全然ありませんでした」
でも、何よりも大きいのはレリアがこうやって横で楽しそうに笑いかけてくれるからだ。
俺には支えてくれる仲間がいる。
俺のことを認めてくれる仲間がいる。
そう思うだけで、俺の心は自然と軽くなった。
だからこそ、改めて思う。
俺はこの子を……この子の笑顔を守ってあげたいと。
そんなことを考えながら、レリアと談笑しながら歩みを進めていると、『ドンっ』という衝撃音とともにレリアの身体が大きく前によろめいた。
「おっと!」
俺は咄嗟にレリアを抱きかかえる。
どうやら何者かがレリアにぶつかったみたいだ。
すぐさま振り返ると、そこには下卑た笑みを浮かべた男が立っていた。
俺は直感的に「こいつはわざとぶつかってきたな」と思った。
茶髪を肩まで伸ばした意地悪そうな目付きをした男。
耳にはシルバーの三連ピアス。
服装は黒色のカッターシャツにスタイリッシュなパンツとカジュアルだ。
見た目だけで言えば、かなり遊んでそうな兄ちゃんといった風貌。
ただ、背後には、侍らすかのように何人もの派手な衣装を身に纏った令嬢を引き連れている。
このことから、こんな身なりをしているが、こいつもおそらくは貴族なのだろう。
最近はよくよく貴族と縁があると辟易してしまう。
「おいおい、ぶつかっておいて謝罪もなしか? この僕の大事な身体に傷でもついたらどうしてくれるんだ」
カッターシャツの男はわざとらしく腕を押さえながら、嫌みったらしく喚き出す。
「本当よ。スコット様のお身体に万が一のことがあったらどうするのでしょうか」
「まったくだわ。それになに、あの服装。あんな薄汚れた布切れでスコット様とぶつかるなんて。スコット様のせっかくのお召し物が汚れてしまいますわ」
「きっとドレスコードを知らないのよ。まあ平民じゃ仕方ないわよね」
さらに取り巻きの令嬢たちも口々に俺達を蔑む。
まさに悪役令嬢だ。
ここは試験会場であるし、冷静に考えれば揉め事を起こすのは得策ではない。
しかし、明確な悪意をもって絡んできたこいつらの態度にはいささか腹が立った。
そもそもぶつかってきたのはこの男からだ。
俺達は別に道の真ん中に立っていたわけじゃない。
むしろ俺達にぶつかろうと思わなきゃ、わざわざこの場所を歩かないだろうところにいたはずだ。
「お言葉ですが、さすがに言いがかりが過ぎるのではないでしょうか。私達はこの道の端っこに立っていただけですよ」
俺は言葉遣いには気を付けながらも、明確な敵意を男に向ける。
それに対してこの男は口元をどこか陰惨さを感じる形に歪ませた。
しかし、男は特に言葉を発せず、口を開いたのは周りの取り巻き令嬢たちだった。
「この方々は自分たちの立場がわかっていらっしゃらないようね。このお方は――バルムー公爵家の嫡男のスコット様ですわよ。しかも、スコット様は大変貴重な風属性と雷属性の『二属性の保有者』。今回の首席候補ですのよ。おわかりですか? どこの馬の骨ともわからないあなた方がスコット様に怪我をさせたとあっては万死に値する大罪なんですわよ」
長い金髪をクルクルと巻いた水色のドレスの令嬢が、さも自分のことのように自慢げに話す。
しかし、この言葉は俺を冷静にさせるのには十分な効果があった。
公爵家は貴族の中でも最高の地位。
昨日の光の蒼穹の貴族とは訳が違い、仮に俺が家を追放されていなくても遠く及ばない存在で、家を追放された今となっては月とすっぽんほどに身分の差がある。
それに『二属性の保有者』というのは、通常であれば適性属性が一つのところ、二つの適性属性がある魔導士のことだ。
二属性の保有者というのはかなり希少で、魔導学園の最高峰と言える王立セレスティア魔導学園においても、一学年に一人いるかいないかという逸材のはずだ。
そんな話を聞かされたら、さすがに俺も委縮してしまった。
そんな俺を見て、スコットと呼ばれている男はこの上ない笑みを浮かべる。
「ははっ。少しは自分の立場を理解したかな? わかったなら、ほれ」
そう言ってスコットは地べたを指差す。
おそらくはぶつかったことを土下座して謝罪しろと言っているのだろう。
相手は公爵家の人間。
さすがの俺もこの場は分が悪いと見て、レリアに視線を向ける。
しかし、その瞬間、俺はレリアの異変に気付く。
レリアの顔が真っ青になっていたのだ。
最初はさっきこの男にぶつかられたときに怪我でもしたのではないかと思ったが、よく見ると肩を小さく震わせ、何かに怯えているようであった。
そんなレリアに視線を向けたスコットが「あれー?」と声を漏らす。
「そういえばそちらのお嬢様は見覚えがあるね」
ねっとりと舌を這わせるような口調。
レリアはその男の言葉に身体をビクッとさせる。
「……あなたは」
「……やめて」
レリアが許しを乞うように男を見る。
しかし、男はそのレリアの表情を見ると、更なる愉悦の表情を浮かべて言った。
――『呪われた聖女』――レリア・シルメリア様ではありませんか――