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§002 固有魔法【速記術】

 家を追われてから半年ほどが経った。

 俺は領民の目を避けるように、一人、打ち捨てられていた山小屋で暮らしていた。


 残念ながら、俺は領民から後ろ指を差されながらのうのうと街で生きられるほど、強い精神力を持ち合わせていなかったのだ。


 貴族という地位を失った。

 大魔導への道も潰えた。

 俺はそんな失意の念に駆られてこの山に逃げ込んだのだ。


 ただ、幸いなことに、攻撃魔法の名家の嗜みとして体術を学んでいたこと、初級魔法であれば難なく使いこなせたことから、木の実を取ったり、動物を狩ったりと、単に生きるという意味では事欠くことはなかった。


「ふぅ。とりあえず明日の飯の下ごしらえも終わったし、魔法の勉強でもするか」


 そんな独り言を言って、俺は木々を重ね合わせて自作した書斎に腰かける。


「火の精霊よ、我に灯の炎を与えたまえ――ささやかな灯(タイニーライト)――」


 魔法の詠唱とともに、ボッと音を立てて、ランプに火が灯る。

 火属性の初級魔法――ささやかな灯(タイニーライト)だ。


 魔法には大きく分けて二つの種類が存在する。


 一つは『詠唱魔法』。

 定型の呪文を唱えることにより魔法を発動するものだ。

 発動までの時間も短く、場所も選ばない臨機応変さから、戦闘魔法、回復魔法、補助魔法と幅広いジャンルで発展を遂げてきた、現在、最も主流な魔法と言える。


 例えば、先ほど俺がランプに火をつけたのが、この『詠唱魔法』に当たる。


 そして、もう一つは『魔法陣』。

 定型の紋様を描くことにより魔法を発動するものだ。

 例えば、教会などに置かれる『回復魔法陣』など設置型の魔法陣が典型例と言えるだろう。


 ただ、臨機応変に対応できる『詠唱魔法』に比して、『魔法陣』は紋様を描くのに膨大な時間を要することから、使い勝手が悪く、特に戦闘での使用は不向きとされ、時代遅れの魔法として今ではあまり用いられなくなってきていた。


 特に、我がレヴィストロース家は戦闘魔法に特化した家系であったことから、戦闘での使用が不向きとされる『魔法陣』は殊更に軽視されており、以前、興味本位で魔法陣の魔導書を読んでいた時には、父からお叱りを受けたものだ。


 俺は本棚に手を伸ばし、一冊の魔導書を手に取る。


『魔法陣の基礎技法』


 経年劣化によって赤いビロードが所々剥がれかけている魔導書には、金色の文字でこう書かれていた。


 この魔導書は偶々(たまたま)この山小屋に残されていたものだ。

 山小屋にはこの本以外にも約数十冊ほどの魔導書が残されていた。


 おそらくこの山小屋は随分と長い間使われていなかったのだろう。

 残されていた魔導書は既に古文書と言えるぐらいに古いものばかりで、現代魔法の主流である『詠唱魔法』に関するものはほとんどなく、大半が『魔法陣』に関するものだった。


 まあ、そんな時代遅れの魔導書でも、娯楽が一切ないこの山小屋生活においては、俺の精神安寧の一材料となっていた。


 俺は追放されて幾日か経った時、ふと思い立って、『魔法陣』の魔導書を模写してみた。


 特に何か理由があったわけではない。

 幼い頃からの夢だった六天魔導士オラシオン・ディオスを目指すことは啓示の儀の日にきっぱりと諦めた。

 固有魔法がハズレである以上、独学で魔法を学んで六天魔導士オラシオン・ディオスを目指そうという熱量もない。


 強いて言うなら、この無為に過ぎる時間を少しでも有益なものに変えたかったというところだろう。


 ただ、この時初めて固有魔法【速記術】の真価を見ることとなった。


 なんと魔導書一冊程度であれば、一分もあれば模写ができてしまうのだ。

 これにはさすがの俺も驚いた。

 一瞬にして紙が文字で埋め尽くされるのを見たときには、本当にこれをやったのは自分なのかと疑ってしまったぐらいだ。

 最初はそれが面白くて、何度も何度も魔導書を書き写した。


 だが、ある時ふと我に返った。


 いくら速記ができようと、俺が模写をしているのは時代遅れと揶揄される『魔法陣』だ。

 家を追放されておいて……さらには時代遅れの魔法にまで手を出すなんて、どこまで落ちれば気が済むのだと……。


 しかし……俺には他にやることがなかった。


『詠唱魔法』の魔導書もない、戦闘に特化した固有魔法もない、魔法の講師がいるわけでもない、魔法を高め合える友がいるわけでもない。

 そんな持て余した時間を……孤独な時間を……埋め合わせるように、俺は来る日も来る日も『魔法陣』の魔導書の模写をし続けた。


 いつからか紙がもったいないと感じるようになり、同じ紙に何度も何度も模写をするようにした。

 そして、紙が真っ黒に擦り切れる頃には、俺の手が……俺の身体が……魔導書の内容を覚えてしまっていた。

 そう。俺は山小屋に残されていた魔導書の全てを暗記するに至っていたのだ。


 それでも俺は模写をやめなかった。


「さて、今日はとりあえず三十回くらいは模写してみるか」


 そうしてランプを手元に引き寄せると、すぅーっと深呼吸をして、精神を集中させる。


「――固有魔法【速記じゅ……」


「きゃぁぁぁ――――!!」


【速記術】を発動させようとした瞬間に、突如、ガサガサと草叢を走り抜ける音とともに、女性の悲鳴が聞こえてきた。


 俺は咄嗟に外に目をやるが、辺りは既に漆黒に闇を落としており、状況はよくわからない。


 悲鳴から察するに、声の主は若い女性のようだ。

 こんな山奥に若い女性?

 ここはそれなりに深い山の中だ。

 若い女性がそう易々と入ってこれるようなところではない。


 となると……何かに追われている?


 この辺りで魔物を見たという話は聞いたことはないが、俺が出くわしていないだけで野生の魔物がうろついている可能性もある。

 それに最近はなんだかんだ物騒な世の中だ。

 領内を衛兵が見回っているとはいえ盗賊の報告も後を絶たない。


 俺はゴトンと音を鳴らしながら、勢いよく椅子から立ち上がる。


 いずれにせよ助けなきゃ。

 そう思うと自然と身体が動いていた。


 俺は聖人でも騎士でも貴族でもない。

 しかし、悲鳴を聞いておきながら、見て見ぬふりをするという選択肢は俺にはなかった。


 これは家を追放されたがゆえに自分の命などどうにでもなれという自暴自棄の感情からくるものなのかもしれない。

 はたまた、家を追放されながらも貴族の気高さのようなものが残っていたのかもしれない。


 ただ、そんな理由付けなどどうでもよかった。


 気付いたときには、俺は山小屋の外に向かって走り出していた。



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