§019 一次試験①
俺とレリアがH闘技場に到着すると相手のペアは既に入場していた。
相手のペア番号は『480番』。
対する俺達のペア番号は『1番』。
このペア番号はおそらく受付順。
俺達は誰よりも早く受付を済ませているから『1番』なのだろう。
逆を言えば、相手は『480番』なので、受験者が1000人だとすると、ペアを組むまでにそれなりに時間がかかっていたことが推察できる。
そうなると、俺達のように元からの知り合いによるペアではなく即席のペアである可能性が高そうだ。
『480番』のペアと相対する。
相手のペアも俺達と同様に男女のペアだ。
男の方は戦闘に不向きそうな宝石があしらわれた衣装を身に纏っている。
おそらくはそれなりに爵位の高い貴族だろう。
いかにも貴族然とした余裕の表情を浮かべ、緑色の髪をなびかせている。
左手には魔力で生成された弓のような武器。
武器の形状から、おそらくは中距離から遠距離型の魔導士だろう。
一方の女の方はというと、男とは対照的に緊張した面持ち。
セミロングの黒髪を肩まで下ろした可愛らしい女の子だが、前髪が目にかかり気味なためか、どこか俯き加減というか自信なさげに見える。
ローブは髪色と同系色の濃紺で、高級な宝石があしらわれている男の衣装と比べると、一見地味に見える。
こう言ってはなんだが、「不釣り合いなペアだな」というのが正直な感想だ。
そんなことを考えていると、相手の男が口を開いた。
「なんだよ。オレの相手は平民と修道女かよ。こんなのじゃ準備運動にすらならねーじゃねーか」
男は俺とレリアを認めると、高笑いをあげ、不遜な言葉を吐き散らす。
まあ貴族とは大概高慢なものだし、平民の俺が挑発に乗っても得することはないので、無視を決め込むことにする。
それを、何を勘違いしたのか男は更に続ける。
「なんだよ、怖気ついて声も出ねーのか? どうせお前らに勝ち目はねーんだ。いますぐ降参してもいいんだぜ? そうすれば、わざわざ痛い目に合わなくても済むからよ。な、アイリスもそう思うだろ?」
そう言って男は、アイリスと呼ばれたペアの女の子に同意を求めるように半身振り返る。
その言葉に身体をビクッとさせたアイリスは、怯えたような媚びたような上目遣いを見せる。
「……は、はい。ユリウス様」
「あ? お前は声が小さいんだよ。平民の分際で」
男は女の子を鋭い眼光で睨みつける。
「……す、すいません」
「まったく。余り物のお前を拾ってやったんだ。少しは感謝したらどうだ。本来なら、お前のような平民がこのボルビア侯爵家のユリウス様とペアを組むなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことだぞ」
この男、ユリウスはどうやら侯爵家の人間のようだ。
あまりにも高圧的なユリウスの態度に、アイリスは唇を真っ青にして力なく俯く。
そんなアイリスを見て、ユリウスはいかにも不愉快そうな表情を浮かべると、チッとあからさまな舌打ちをする。
「まあ、所詮は数合わせだ。こんな試合オレ一人で十分だからな。お前はそこで突っ立ってるだけでいい」
「……は、はい。ユリウス様」
今にも泣きだしそうになりながら、必死に声を絞り出す彼女。
そんな彼女を見ていたら、いたたまれない気持ちになってしまった。
最初は俺とレリアのことを煽っていたはずのユリウスだったが、いつからかその矛先がペアのアイリスに向いてしまっていることに申し訳なさを感じる。
ユリウスは侯爵家の貴族で、アイリスは平民。
階級というものが存在する以上、ある程度の扱いの差は致し方ないことだと、元貴族である俺は十分承知しているつもりだ。
しかし、いざこのような光景を目の当たりにすると……。
あまり気分のいいものではないことは明白だった。
どうにかしてあげられないだろうか……という気持ちが薄ら芽生えるが、相手は侯爵家の人間。下手に反発しても角が立つ。
それに今は一次試験だ。
彼女には申し訳ないが、ここは試験に集中させてもらうことにする。
「両者準備はいいですか?」
そんな光景を見かねた係官から声がかかる。
両者が同時に頷く。
「それでは――試合開始!!」
係官の掛け声とともに、ズザッと地面を踏み鳴らし、俺とレリアは『陣』の体制を築く。
正確には俺とレリアは『常闇の手枷』により一定の距離しか取ることができないので、俺が数歩前に出て、レリアが数歩後退するというだけのものだが。
相手ペアも同様。
ユリウスが数歩前に出て、アイリスはユリウスに隠れるように数歩後ろに下がる。
ユリウスはすぐさま弓を構え、こちらに照準を合わせてくる。
「揺蕩う光よ、煌めく一閃となりて闇を打ち滅ぼせ――光の蒼穹――」
短い詠唱とともに光の矢が射出される。
魔法名から何となく閃光のようなものが走るのかと思っていたが、実際に放たれた矢はそれほどの速度は無く、俺の動体視力でも十分に目で追えるくらいのものであった。
おそらくは初級の光魔法だろう。
この程度の速度であれば威力もたかが知れているし、避けることは造作もない。
しかし、俺は敢えて受けて立つ選択を取った。
もちろん、俺の固有魔法【速記術】を用いた『魔法陣』によって。
「|陽炎の如く立ち昇る火の壁!」
「真・陽炎の如く立ち昇る火の壁!!」
「極大・陽炎の如く立ち昇る火の壁!!!」
俺の言葉からコンマ1秒の時を経て、小と中の二つの火柱が目の前に立ち昇った。
発動した魔法は、火属性の初級魔法『|陽炎の如く立ち昇る火の壁』。
そして、その中級魔法に当たる『真・陽炎の如く立ち昇る火の壁』だ。
その名のとおり、炎のバリアを出現させる防御魔法だ。
なぜ同種の魔法を発動させたかというと、もちろん、俺の実力を測るためだ。
初級魔法を成功させることは容易だとは思っていたが、中級魔法だと微妙、上級魔法だと少し厳しいというのが現在の評価だった。
そのため、例えば、俺が上級魔法のみを選択し、仮に発動に失敗した場合は、相手の光の蒼穹をモロに受けることになってしまう。
そのような事態を防ぐために、初級、中級、上級の魔法をそれぞれ発動し、自分の実力を確認するとともに、鉄壁の防御で相手の魔法を相殺しようとしたのだ。
この判断は正しかったようで、やはり上級魔法に当たる『極大・陽炎の如く立ち昇る火の壁』は発動しなかった。
どうやら、今の俺が上級魔法を扱うには少々力不足のようだ。
(バチンッ!!)
そうこうしているうちに、大きな衝撃音とともに、俺の思惑どおり、光の蒼穹は、初級魔法である『|陽炎の如く立ち昇る火の壁』と衝突した。
そして、激しい衝撃波が疾風のごとく駆け抜け、炎の壁は灯が消えるように、光の矢は光が昇天するように、相打って消えた。
「なっ……馬鹿な!」
「よしっ!」
ユリウスは目を見開き、悲鳴のような声を上げる。
それと同時に、俺は思わず拳を握りしめ、ガッツポーズを決める。
「ジルベール様、さすがです!」
後ろからは嬉しそうにはしゃぐレリアの声。
俺の魔法が……【速記術】が……攻撃を退けた。
この事実が俺に不思議な高揚感を与えていた。
確かにレリアは俺の【速記術】を「誰にも真似できない個性」だと褒めてくれた。
それを裏付けるように、俺は最初の森で上級魔導士を撃破してみせたし、空間転移魔法陣を成功させてみせた。
でも、最初の森の時も、空間転移の時も、どこか必死で、実力以上の力が出せたというだけなのではないかと内心疑っているところはあった。
しかし、今は……今回だけは違う。
この一次試験では、どのように戦うかを事前にしっかりと考え、それを着実に実行した。
俺の【速記術】はちゃんと現代魔法に対抗できる。
俺はまだまだ強くなれる。
「レリア! この調子でバンバン魔法を使っていくぞ!」
「はい!」
俺の決意表明とともに、レリアの熱のこもった声が学内闘技場に木霊する。
この時が、【速記術】という固有魔法を初めて使いこなした瞬間でもあった。