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§001 追放

 剣術よりも武術よりも『魔法』が発展したこの世界。

 この世界では誰しもが魔法を極めし者――『大魔導』に憧れ、一度はその道を志す。


 その最初の一歩となるのが、十五歳の誕生日に行われる『啓示の儀』だ。

 『啓示の儀』で人々は神から『魔力』と『固有魔法』を授かることになる。


 誰もが期待に胸を膨らまして臨む啓示の儀。

 ここで強大な固有魔法が開花すれば、果てしなく続く大魔導への道の礎になるのだ。


 そんな啓示の儀に臨もうとしているのが、本日、十五歳の誕生日を迎えた俺、ジルベール・レヴィストロースだ。


「お前たちもとうとう十五歳か。月日が経つのは早いものだな。ジルベール、そしてセドリックよ」


「「はい。父上」」


 俺と双子の弟であるセドリック・レヴィストロースは、父モーリスの言葉に同時に頷く。


「我がレヴィストロース家は代々【焔の魔法剣】の固有魔法が開花している。私も、私の先代も、そのまた先代もだ。お前たちにもその血が流れているんだ。きっと素晴らしい固有魔法が開花するだろう」


「「はい。父上」」


 俺は貴族である辺境伯家の長男として生まれた。


 姓は『レヴィストロース』。

 我が家は『焔のレヴィストロース家』と呼ばれ、『火』属性の魔法を主軸とした攻撃魔法の名家として、それなりに名を馳せていた。


 父も若かりし頃は王に仕える魔導騎士として活躍していたとのことだが、世界に選ばれた六人の大魔導――『六天魔導士オラシオン・ディオス』には届かなかった。


 ――お前たちの時代でレヴィストロース家から『六天魔導士オラシオン・ディオス』を輩出してほしい――


 父の口癖だった。


 俺はレヴィストロース家の長男の名に恥じぬよう、毎日の大半を魔法の勉強に費やしてきた。


 俺は今日までの間に何千、何万もの魔導書を読み込んだ。

 元々本を読むのが好きだったということもあり、魔法の勉強は苦ではなかった。

 むしろ、魔法の知識を得るのが楽しくて楽しくて仕方ないほどだった。


 そのため、魔法に関する知識は一般の魔導士にも引けを取らないという自負があった。

 そんな俺のことを世間は『神童』ともてはやした。


 父も口には出さないまでも、跡取りとしては弟のセドリックではなく俺に期待していることは言葉の端々から伝わってきていた。


 俺は絶対に『六天魔導士オラシオン・ディオス』になる。

 父の夢はいつしか俺の夢となっていた。


 あとは……神から魔力を授かり、強力な固有魔法を手に入れるだけ……。


 不思議と不安はなかった。

 驕りと言ってしまえばそれまでだが、俺には当然の如く【焔の魔法剣】の固有魔法が開花するものだと思って疑いもしなかった。


 ガチャンと音を立てて、馬車が止まる。

 どうやら街の教会に到着したようだ。


「さて、いよいよだな」


 父が笑顔で俺と弟を馬車から送り出す。

 その表情には微塵の不安もなく、強大な固有魔法が開花することは既に約束されているかのような自信が見て取れた。


 俺たちが馬車を降りると、そこには啓示の儀を見ようと、既に多くの人々が集まっていた。


 ざっと見積もって100人ほどだろうか。


 それも当然と言えば当然だ。

 ここはレヴィストロース辺境伯領内の教会。

 そして、今日はレヴィストロース家嫡男の『啓示の儀』なのだ。

 領民からすれば自らの今後の運命を左右すると言っても過言ではない重要な日だ。


 俺はそんな領民を傍目に、司教に導かれるままに教会の中に入る。


「それでは『啓示の儀』を執り行う。ジルベール・レヴィストロースは前へ」


「はい!」


 返事とともに俺は壇上へと上がる。

 司教の前には何やら鏡のような法具が置かれている。

 おそらくはこの法具に『固有魔法』が映し出されるのだろう。


「目を閉じて自身の進むべき未来を想像しなさい。さすれば神は汝に幸福をもたらすであろう」


 俺は司教に言われるがままに目を閉じると、自分が焔の魔法剣を自在に操ってる姿を思い浮かべる。

 すると、目を瞑っていてもわかるぐらい強い光が俺のことを包み込んだ。

 それと同時に俺の中に何か熱いものが注ぎ込まれてくる感覚に襲われる。


 こ、これが魔力か……。


「おおおおおっ!」


 周りからのどよめきの声に俺は思わず目を開ける。


「あんなに強い光は見たことがない」

「これはきっと強力な固有魔法が開花したんだわ」


 司教が鏡に目を落とし、一拍の間を置いて口を開く。

 さっと静寂に包まれる教会内。

 俺を含め皆が司教の言葉を固唾を飲んで見守る。


「汝、ジルベール・レヴィストロースに神がお与えになった固有魔法は――【速記術】――」


「……え?」


 俺はあまりにも衝撃的な言葉に頭の中が真っ白になった。

 ……いま司教は何て言った?

 速記術……って……あれ……焔の魔法剣は……?


 父も動揺を隠しきれず俺の下に駆け寄ってきた。


「おい、速記術って……どういうことだ司教」


「モーリス殿。落ち着いてください。領民の前ですぞ」


「うるさい! これが落ち着いていられるか! 【速記術】とはどのような固有魔法なのだ! 過去に例はあるのか?!」


 父は顔を真っ赤にして、司教に掴みかかる勢いで大声を上げる。


「恐れながらモーリス殿。私自身、このような固有魔法を目にするのは初めてでして……ただ、固有魔法の名称から察するに、おそらくは文民に適正のある能力かと……」


「ぶ、文民……だと……」


 その言葉で父は腰から崩れ落ちるように地面に膝をついた。


 文民という言葉がよほどショックだったのだろう。

 そりゃそうだ。我がレヴィストロース家は攻撃魔法の名家。

 その長男が文民とあっては名折れにもほどがある。


 俺たちを取り囲んでいた領民たちも崩れ落ちた父を見てざわめき出す。


「速記術ですって。どう考えても攻撃型の魔法じゃないわよね」

「攻撃型以前に魔法なのかも怪しい」

「こりゃ完全にハズレ魔法ですね」

「神童も落ちたものだな」

「長男殿は将来は新聞記者かな。ははは」

「あんまり大きな声で喋ると聞こえてしまいますよ。ふふふ」


 そんな俺を蔑む声が聞こえても、反論の一つも出てこなかった。

 俺自身がハズレ魔法であることを、一番よく理解していたからだ。

 気付いたら手足が痺れて感覚を失い、背中は汗でぐっしょりと濡れていた。


 俺は膝をついて項垂れている父に視線を移す。


 せっかく……せっかく今日から魔法が使えるようになったのに……。

 今日のために……寝る間も惜しんで魔法の勉強をしてきたのに……。

 こんなハズレ魔法のせいで、俺の大魔導への道が絶たれるのか……。

 俺の努力は一体なんだったんだ……。


 頬を一筋の涙が伝う。


 そんなとき後ろから声がした。


「父上。まだ私がおります」


 弟のセドリックだった。


「ああ。そうだったな」


 父は消えかけていた焔を再び灯すかのように立ち上がると、セドリックの背中をポンと押す。


「セドリック。いってきなさい」


「はい。父上」


 セドリックが司教の前に立つ。


「それでは引き続きセドリック・レヴィストロースの『啓示の儀』を執り行う」


「はい!」


 司教が俺の時と同じように鏡に視線を落とす。


「汝、セドリック・レヴィストロースに神がお与えになった固有魔法は――【焔の魔法剣 エスペシアル・ディオサ】――」


 次の瞬間、メラメラと燃え盛る焔を象った魔法剣が顕現する。


「おおおおおおおおっっっっ!!」


 周囲から歓声が上がる。


「セドリック殿が【焔の魔法剣】に選ばれた」

「ああ、これでこの領内も安泰だ」

「跡取りはセドリック殿で決まりだな」


 セドリックの固有魔法が【焔の魔法剣】だと……。

 そっ……そんな……。

 セドリックは劣等生。

 勉強も嫌いで……いつもサボってばかりで……魔法の知識も俺の方が圧倒的に上のはずなのに……。


「父上! やりました!」


「でかしたぞ、セドリック!」


 父は安堵の表情を浮かべ、すぐさまセドリックの下に駆け寄ると力いっぱい抱きしめる。

 俺はそんな光景に居ても立ってもいられなくなり、父に声をかける。


「……父上」


 その言葉に一瞬の静寂が走る。


「ああ、ジルベールか……」


 しかし、父から返ってきたのは鋭く、そして冷たい声だった。


「父上。確かに私の固有魔法は攻撃向きではないようです。しかし、身体から膨大な魔力が湧き上がってくるのを感じます」


 これは本当だった。

 今まで感じたことのないような膨大な魔力が身体の中に蓄積されていくのを、俺は確かに感じ取っていた。

 それは高揚感にも似た不思議な感覚だった。


「私がレヴィストロース家の長男として恥じぬ魔導士であることを証明してご覧に入れますので……どうか……」


「いやもうその必要はない」


 しかし、父はピシャリと俺の言葉を制する。


「レヴィストロース家の跡取りはセドリックで決まりだ。領民の前で私にこんな恥をかかせおって」


「父上!」


 涙を流して許しを請う俺の姿は、既に父の視界には映っていなかった。


「我が家は攻撃魔法の名家だ。【速記術】などという得体も知れない文民魔法を持つ者がレヴィストロースを名乗るとは言語同断」


「父上! どうか! どうかお待ちください! セドリック、セドリックからも何か言ってくれ!」


 必死に泣きすがる俺を見て、セドリックは勝ち誇ったような嘲笑を浮かべる。


「兄さん……僕が言うのもなんだけどさ……領民の前で恥さらしにもほどがあるよ。いっそのこと小説家にでもなればいいんじゃないのかな」


「セ、セドリック……」


 セドリックの冷たく、まるでゴミ屑を見るような視線が俺に突き刺さる。

 その瞬間、全てを悟った。

 こいつは……俺が墜落する瞬間を虎視眈々と狙っていたのだと……。


「ということだジルベール。お前は追放だ。小説家にでも何でもなるがいい。二度と私の前に姿を見せるな」


 そんな……俺の……毎日の魔法の勉強はなんだったんだ……。

 俺は文句の一つも言わずに父の指示に忠実に従ってきたのに……。

 固有魔法がハズレだっただけで……それはあんまりじゃないか……。


 しかし、俺の言葉が二度と父の耳に届くことはなかった。


 こうして俺は、富も名声も地位も全てを剥奪され、レヴィストロース家を追放された。



 毎日18:00に更新予定です。

 応援よろしくお願いいたします。


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 この度は、私の小説に足を運んでいただき、誠にありがとうございます。


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 新作の投稿に際して、初動のランキングは非常に重要で、今後も毎日更新はしていくつもりではありますが、作者のモチベーションにもつながってくるところですので、どうか応援のほどよろしくお願い申し上げます。

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