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5話 冒険者への誘い


村に帰って数日が過ぎ、旅の疲れも取れた頃。


畑の水やりを終え、ユエは森に入っていた。


五年ぶりとはいえ子供の頃から走り回っていた森だ、ユエにとっては庭のようなもの。


よほど地形が変わっていたりしなければ、困ることはない。


今晩の食事用に野草を取り、見つけた食用のキノコも小さいのは残して大きな物を取る。


「これだけあればいいかな」


魔法鞄の中は豊作で、思わず笑みが浮かぶ。


数種類の野草にキノコがあればスープにしてもいいし、炒めてもいい。


母と一緒に台所に立つのも楽しく、帰ってきて良かったと思う。


やはり自分は都会に出るよりもこっちの生活の方が性に合っていたのだろう。


思えば王都の訓練期間中にやった野外演習は楽しかった覚えがある。


こことは違う植物や獣を見るのが面白く教官に注意されたが、素直にそのことを話すと森の違いについて話が盛り上がり、野営もキャンプみたいで楽しかった。


確か遠征部隊の所属で、国のあちこちに行くので森や山に入ることが多いらしく、話題に乏しいユエに合わせて話をしてくれたのだ。


田舎者にも優しい、いい教官だった。


お前なら歓迎するぞと遠征部隊に誘ってくれたのも懐かしい思い出だ、教官は元気にしているだろうか。


そう言えば、イスト騎士団に配属されてしばらくして教官から手紙が届いたことがあった。


遠征部隊の状況改善と異動希望者が減って助かったと、なぜかお礼が書いてあり首を傾げた覚えがある。


「お、帰ってきた」


「あれ、どうしたのイクス」


村の入口でユエを迎えたのはイクスだった。


一緒に村に帰ったが、イクスは翌日にはローダスへ戻っていた。


「ユエの顔見に来た。うん、元気そうだな」


「仕事もしないでのんびりしてるからね。旅の疲れもしっかりとれたよ」


どうやらイクスに心配させてしまったらしい。


そんなに疲れた顔をしていたのだろうか。


だとしたら悪いことをした。


「心配かけてごめん。時間あるならうちでお茶でも飲んでく? 昨日クッキー焼いたからおやつもあるよ」


「行く行く」


家に向かうと買い物にでも行ったのか母はおらず、イクスに適当に座るよう言って台所へ向かう。


こっちにガスコンロはないが魔石コンロはある。


火力も三段階で調節が出来るので便利だ。


水も水道はないが魔石蛇口があり、蛇口本体から水が出る。


お湯を沸かし二人分のお茶を淹れ、昨日焼いたクッキーを小皿に出した。


「はい、どうぞ」


お茶とクッキーを出すと、イクスはさっそくとばかりにクッキーを食べた。


「うまい」


「それは良かった。イクスは木の実が入ったクッキー好きだよね」


クッキーは簡単なので昔からよく作っていたが、騎士になってからは寮暮らしだったので作ったのも久しぶりだった。


砂糖はそこそこの値段がするので甘さは控えめだが、我ながら上手く出来たと思う。


「街で売ってるのもうまいけど、ユエのが一番好きだ」


「売ってるやつのほうが美味しいじゃん」


「うまいけど、ユエのが一番」


そう言って、イクスは三枚目のクッキーを口に入れる。


子供の頃と変わらない言葉に、ユエは小さく笑った。


「で、ユエはこれからどうするんだ?」


クッキーはきれいになくなり、食後のお茶を飲みながらイクスが聞いてくる。


イクスの言う『これから』は、今後の仕事をどうするかだろう。


「あー、それねぇ……。正直、村で私が出来るような仕事もないし、ローダスで探そうかなとは思ってるんだけど……」


職探しをする時は、商業ギルドで斡旋してもらうのが一般的だ。


この世界の商業ギルドは郵便局だけでなく、職業案内所も兼ねている。


「じゃあ特にやりたい仕事があるわけじゃないんだな?」


「うん、ないね。それよりやれる仕事があるかが心配」


なにしろユエはクビになっている。


自分に非はないと思っているが、クビになったという事実は変わらない。


そうなると、クビになるような問題のある人間を雇ってくれるところがあるかどうか。


事情は説明するつもりだが、雇用条件が多少悪くなるのも仕方ないとユエは考えていた。


「ならさ、冒険者になろうぜ」


そう言えば、ローダスでそんなことを話していたなと思い出す。


「冒険者なら犯罪者じゃなければほぼなれるし、仕事の内容だって選べる。出てる依頼も素材集めやちょっとした手伝いなんかもあるし」


「手伝いってどんな?」


素材集めは聞いたことがあるが、手伝いは聞いたことがない。


「それこそ色々だな。ちょっとしたお使いとか、倉庫の整理を手伝って欲しいとか。一日だけとか力仕事の依頼は冒険者ギルドに出されることが多いんだ」


「へえ、そうなんだ」


言われてみれば職業案内所にバイトを探しには行かない。


その辺は双方のギルドで上手く分けているのだろう。


なら、冒険者になるのも悪くないのかもしれない。


「それなら私でも出来そうだけど……一度、詳しい説明が聞きたいな。それから決めるよ」


「そうか。じゃあ早速明日ローダスに行こう。説明なら受付で言えばしてくれるし。なんなら実際に出てる依頼も見れるしな」


決まりとばかりに、なぜかイクスは上機嫌で言った。


まだ冒険者になると決めたわけではないのに、ユエがもう冒険者になると決まったかのようなイクスに、小さく苦笑する。


これでやっぱり別の仕事にするとか言ったら、がっかりするんだろうなぁと、小さかった頃のことを思い出してその苦笑に困ったようなものが混じる。


目の前にいるイクスは自分よりも大きくなってとっくに成人もしているのに、ユエにとってはやっぱり大事な幼馴染で、かわいい弟だった。


その後、帰ってきた母にローダスへ仕事を探しに行くことを話した。


「まだ数日しか経ってないのに……。もっとゆっくりしてもいいのよ?」


そう言ってくれるのは嬉しいが、クビになっただけなのでユエは健康で働ける。


前世の記憶を持つ身としては、働けるなら働いて脱ニートしたい。


「気持ちを切り換えるのにちょうどいいかなって。うじうじしててもしょうがないし」


「それはそうだけど……。無理をしてない? 大丈夫?」


「無理はしてないよ、本当に。騎士団でも忙しくはあったけど無理はしてなかったし」


無理出来るような体力もなかったので、出来なかったというのが正しいが。


決算前や緊急事態でもなければ、日付けが変わる前にはちゃんと寝ていた。


寝不足だとやはり仕事が捗らないし、些細なことで苛々したりするからだ。


どうにも自分は苛つくと食べる傾向にあるので、体型維持のためにも睡眠はちゃんととるようにしていた。


……夜中の食事は裏切らないのだ、悪い意味で。


「それで、イクスに冒険者にならないかって誘われて――」


まずは冒険者ギルドで説明を受けてくること、冒険者に気がのらなければ商業ギルドで仕事を探すつもりであることを話した。


母は少し心配そうに聞いていたが、イクスも一緒だと聞いて安心したらしい。


その日は森で採った野草やキノコを使いちょっと豪華な夕食になり、少し遅くまで母と話して過ごした。



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